カラクリピエロ

Know an answer

静まり返った室内で、聞こえるのは久々知くんの寝息の音だけ。
すぅすぅと一定のリズムで刻まれるそれを耳に入れながら、そっと身じろいだ。
まずはこの腕の中から脱出しないと。

向かい合った状態から、肩に乗っている腕を浮かせてゆっくり身体を反転させる。そのまま抜け出そうとしたのに、抱き寄せられたばかりかさっきよりも密着度が増した。

「ん…」
「!!」

耳元で聞こえた久々知くんの漏らす声にぞくりと肌が粟立つ。
今にも悲鳴をあげてしまいそうだったけど、両手で口を塞いでなんとか我慢した。

「……久々知くん?」

確認のために小声で呼びかければ、相変わらず規則正しい寝息が返ってくるから、やっぱり寝てるんだと思う。
なんたって善法寺先輩が調合した(と立花先輩が言ってた)睡眠薬なんだから、効果のほどはお墨付きだ。

数日前、委員会中に久々知くんが頑なに女装姿を見せてくれないと漏らした私に“盛れ”と作戦を授けてくれたのは立花先輩だった。

見られないなら勝手に見ろ、着物はそのあと着せろということらしい。
寝ている間にイタズラ――と躊躇う部分もあったけど、私だってこれでもくのたまの端くれだ。好奇心には勝てない。

勘右衛門にも協力してもらって(あとで甘味を奢る約束をさせられた)お茶飲みがてら薬を盛ったまではよかったのに……抱きしめられたままこの状態になるのは予想外だった。
いつの間にかお腹に回されている腕を掴む。

「…………っ、」

持ち上げるつもりが…がっちり巻きついていて外せない。
目で確認しながら抜け道を探そうと視線を下げた途端、ふっと締め付けが緩んだ。

(……起きてる?)

いくらか身動きしやすくなったついでに振り返ってみても、久々知くんの表情は変わらない。
目を閉じて、規則正しい呼吸を繰り返すだけ。

じっと見つめているうちに触れたくなってきて、慌てて目をそらした。

(化粧道具、どこに置いたっけ)

自分の部屋から持ち込んだはず。
視線を走らせながら記憶を探り、そういえば懐に入れっぱなしだったとそれを取り出した途端――手を久々知くんに掴まれた。

「きゃあああ!?」
「……何する気なんだろうと思ってたら」
「ななな、なんで起きてるの!?」
「途中までは寝てたよ」

驚きでドックンドックン早鐘を打つ心臓を押さえる。
片手は久々知くんに取られたまま、胸元を押さえていた手の方も上から覆われてしまった。

名前はこれで俺に悪戯する気だったんだな?」
「お化粧だもん…」

往生際悪く答えると、久々知くんは少し間をおいて私を反転させ、向かい合わせに戻されつつやけに優しい声で私を呼んだ。

「だ、だって、久々知くんが女装姿見せてくれないから!」
「俺は名前の前で女装はしないって言っただろ」
「私が綺麗に変身させるから」
「余計嫌だ」
「これでもお化粧の腕上達したんだよ?」
「そういう問題じゃない」

――こうなると思ったから睡眠薬を盛ったのに。
ぐっと言葉を詰まらせて見上げると、久々知くんは困ったように眉尻を下げて僅かに視線を逸らす。

「久々知くん…」

このままお願いしたら紅くらいは引かせてくれそうな気がして呼びかけたら、ひょいと化粧道具を取り上げられてしまった。

「あー!」
名前は、このままの俺じゃ不満か?」
「!? ど、どうしてそうなるの?」
「満足できてないのかと思って」

ずい、と顔を近づけられて素早く何度も瞬く。
じわじわ熱くなっていく頬を自覚しながら距離を取ろうとしたけれど、相変わらず片手は取られたまま。後頭部は久々知くんの手のひらに押さえられて思わず両目をきつく瞑った。

目尻に軽く口づけられて、びくっと肩が跳ねる。
そっと目を開けると今度は額に唇が触れた。
目が合うと、久々知くんはくすりと笑い、指の背で私の唇を撫でる。

「…………俺は、俺のまま名前に触りたいんだけど」

なんだか強引に話を逸らされている気がする。
そう抗議したくても悪戯に頬や唇の端に口づけが落ちてくるし、彼の指先は首筋を撫でてくるから考えがまとまらない。

名前は違うのか?」
「違、わ…ない、から……」
「から?」
「~~~~ッ、意地悪!!」

私はただ好奇心で久々知くんの女装姿が見てみたかっただけなのに。
今度は別の手を考えないとと悔しく思いながら、満足そうに笑う久々知くんの装束を引き寄せた。





「……新鮮味ってどうやったら出ると思う?」
「なに、マンネリ?」
「あんだけいちゃいちゃしてりゃマンネリにもなるだろ」
「いや俺は全然だけど、名前が俺の女装諦めてくれない」
「減るもんじゃなし、見せてやったらどうだ」
「嫌だ」
「女装するのが嫌だってだけなら、兵助に変装した三郎にやってもらったらどうかな」
「私は構わないぞ、なんなら化粧も名前にさせてやってもいい」
「俺が構うよ!」

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