カラクリピエロ

たまには本音を

※飲酒ネタ注意




明日は学園の休日だということで催された酒宴の場。
だというのに、酔った私はタチが悪いという満場一致の意見により、開始から一滴も飲ませてもらってない。
それならさっさと帰ればいいだけなんだけど――久々知くんがぴたりと隣にくっついて離してくれず、身動きが取れない状態だった。

「…何考えてるんだ?」
「ひぁ!?ちょっ…ちょっと、落ち着こう久々知くん!!」

軽く耳のあたりに口づけられ、慌てて彼の肩を掴む。
押し返すよりも私の腰に回った腕に引き寄せられる力の方が強く、唇と舌の伝う感触に思いきり飛び上った。

「うわわわわ待って待って!!みんないるのに、ひゃぅ、っ…」

ぱくりと耳たぶを食まれ、押し倒されながら両手で口を押さえる。
どうしようどうしようとグルグル回る思考の邪魔をするように、久々知くんが首筋を舐めた。

「っ、」

久々知くんは酔ったら寝ちゃうって聞いてたのに。こんなの話が違う。
もう声も出せなくて、救援を求めるように床を叩く。
その間に手が少しずつ上昇し、むにゅっと私の胸を押し上げた。

「――っ、きゃあああああ!!くくく久々知くん落ち、落ち着いて!?」
「俺は落ち着いてる。…このまま抱き締めるだけだ」
「て、手の位置だめ!下げて!」
「……名前はあったかいな」

すり、と頭を擦りつけてくる久々知くんを引きはがそうとしてるのに、力が入らないせいで上手く動けない。
勝手に出てくる涙を舐めとって、優しく頬に口づける久々知くんが今はとても憎らしい。

「――……さすがにそういうのは二人きりのときだけにしろ」
「さ、さぶろ……」

久々知くんの首根っこを掴んで私から引き剥がす三郎が溜息をつく。
ぎゅっと彼に抱きしめられたままだった私も一緒に引き起こされた。

危機は去った、と胸を撫で下ろすと不機嫌そうな久々知くんの頭が肩に乗った。

「ほら、兵助飲め」

竹谷からリレーのように渡されてきた器には透明な液体が入っている。
ゆらゆらとそれを揺らしながら、少しずつ口にする久々知くんを横目に、隣に座った三郎も一定のペースで器の中身を空けていく。
途中ではっとしたように私(と不破くん)にお茶を注ぎ、「熱いから気をつけろ」と心配までしてくれた。優しすぎてなんだか怖い。

名前は俺が起きるまで帰らないよな?」
「え」

ごろりと横になった久々知くんが私のお腹に顔を押し付けるようにして、腰にぎゅっと抱きつく。呆気に取られている間に目を閉じてしまって――いいえ、と答える時間なんてくれなかった。

「…………これ、照れる」
「いつもやってやってるんだろう?」
「や、やってないよ!」

そわそわ落ち着かないながらも、この体勢は苦しくないんだろうかと少し心配になる。
変に動かれるのも困るなと思いながら、手持ち無沙汰に久々知くんの髪を撫でた。

くすりと隣から笑い声が聞こえて視線をやれば、口元に笑みを浮かべている三郎と目が合う。
いつもとは違う雰囲気に戸惑っていると、三郎は久々知くんを見下ろして小さく息を吐いた。

「…名前はすごいよな」
「…………へ?」
「我武者羅というか無鉄砲というか…アホでドジでお世辞にも優秀とは言えないくのたまなのに……、ぶれないもんな」

喧嘩を売ってるのかと言いたくなる単語の羅列に睨みを利かせた直後に、微笑んだまま“すごい”と呟くように口にする。
いまいち話がつながってないような気がするのは…三郎も酔ってるからだろう、きっと。

「私はな、お前のそういうところは買ってるんだ」
「どういう?」
「兵助馬鹿なところ」

くく、と笑う三郎からは普段の皮肉っぽさが薄れていて、反論しようと身構えていたのに勢いはしぼんで消えてしまった。

「ときどき…お前のその一途さを羨ましいと思うよ」
「…さ、三郎は…そういうの、ないの?好きで仕方ないみたいな…」
「なんだ、のろけか」
「ち…違う、そんなつもりなかった!」
「…名前みたいに、“自分よりも”って優先させるようなものは…まだ、ないな」

――いつもの三郎なら、ここは『さあな』ってはぐらかすところでしょう?

予想した答えと違うものが返ってくると、反応に困ってしまう。

「私は…自分が一番大事だよ……」
「そうか?例えば兵助が人質に取られたとして、名前が身を捧げれば無事に返すと言われたらどうする」
「…………なんか、今日の三郎いつもよりめんどくさい」
「どうする?」

にっこり笑う三郎がさらに問いかけてくる。
私がどう答えるかなんて、わかりきってる表情。ふいと顔をそむける私に笑って、ほらな、と楽しそうに言った。

「くのたまが、みんなお前みたいならいいのにな」
「?」
「わかりやすくって単純で、相手のことばっかり考えてるような……」

ずるずる身体を沈ませる三郎に寄りかかられて、ずしりと肩が重くなる。
やっぱり喧嘩を売ってるんじゃないかと言いたくなる言葉にイラッとしたけど、三郎にも色々あるのかなと思って口を閉じた。いわゆる酔っ払いの戯言かもしれないし。

「……もー、重い!」
「――ごめんね名前、こっち終わったらそっちも回収するから」

いつの間にか文机に突っ伏してる勘右衛門と、床に大の字に転がってる竹谷。彼らを横目に片づけをしている不破くんが苦笑交じりに徳利を振る。
手伝うよと言ったけど「無理でしょう」と朗らかに笑って返された。

言われてみればどうしたって身動き取れない状態で、三郎なんて今にも私の肩からずり落ちて久々知くんと頭をぶつけるんじゃないかと心配になる。

「三郎、寝るならそっちに転がってよ」
「……床は固いから嫌だ」
「いやいや…っていうか起きてるなら布団敷くとかあるでしょ――ひゃっ!く、久々知くん、起きたの?」

そこで身動きされるとくすぐったいのに、彼は私のお腹に顔を押し付けて腕の力を強めると、急に身体を起こして正面から私を抱きしめた。
大きくなる自分の心音と、同時にすぐ横から聞こえた重い音。

「…………兵助、痛いぞ」
「知るか」
「雷蔵~、兵助が冷たいんだが」
「ははは。起きたらこっち手伝ってよ三郎」

やれやれ、と溜息をつきながら立ち上がった三郎を久々知くん越しに見送る。
ぎゅっと抱きしめられる力が増して、無言なのに“見ろ”と言われているような気がした。

「――名前名前でどうして好きにさせておくんだ」
「えええええ!?」

久々知くんはずっと私の肩に顔を伏せたままで、どんな顔をしてるのかはわからない。
でも、これは、たぶん……

「…やきもち?」
「…………うん」

嬉しくて、小さく笑いがこぼれてしまう。
さっき久々知くんがしたみたいに顔を擦りよせて装束を掴むと、直後に耳を食まれて悲鳴を上げる羽目になった。

――教訓:酔った久々知くんは、すっごく厄介です。

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