カラクリピエロ

きみのやさしい手


――息苦しい。
室内に満ちる気配にどことなく緊張感を感じて、作法室内を――正確には、忍たま五年の友人たちをそっと伺い見た。

きっかけは何だったか。
三郎か勘右衛門の気まぐれだったような、立花先輩の唐突な提案だったような……とりあえず“五年生のみんなが作法委員会の見学”という謎のイベントが発生して今に至るわけだけど。

(ピリピリしてる、ような…)

意見を聞くように立花先輩を見れば、先輩はやけに優しい笑顔で軽やかに扇を閉じるところだった。
首を乗せる道具のはずなのに、立花先輩が持つと別物みたいに見える。
パチン、と響いた音にハッとした。

「立花先輩、そこの窓開けても…――喜八郎、重い」

空気の入れ換えをしようと思い立った私の邪魔でもしたいのか。
まるでタイミングを見計らったように体重をかけてくる喜八郎を振り返ると、喜八郎はやれやれと言いたげに溜息をついた。

「それはもう聞き飽きました」
「私も言い飽きました!ほらどいて!」

動く気配が無いのを無理やりどかせば「いつもより乱暴ですね」なんて台詞が返ってくる。
こんな動作にいつも通りも何もない。
溜息混じりに喜八郎の呟きを流して立ち上がり、窓を開けた。

「退屈じゃない?」
「……――、」
「ん?」

空気を入れ替えるついでに、横並びに座っている友人たち(ずっと無言なのが気になる)に声をかけると、久々知くんがゆっくり私に視線を移し、何かを呟いた。
傍に腰を下ろしながら聞き返してみる。軽く俯いた久々知くんを追って首を傾げたら、そっと手を掬われた。

「え、あの、久々知くん…?」
「……」

動揺して自分の手と久々知くんの顔を交互に見る。
顔を上げた久々知くんの視線は真っ直ぐ私を射抜くようで、段々落ち着かなくなってきた。
――せめて、何か言って欲しい。

不意にパチッ、と響いた音で思い切り肩が跳ねた。

咄嗟に自分の手を胸元に引き寄せて立ち上がる。心臓が早い。
明らかに挙動不審な私を見て、音の発生源――立花先輩が楽しそうに笑った。

「休憩にしようか。名前、茶の用意だ。客人の分もな」
「どうぞお構いなく」

私が返事をするより先に三郎の声が割って入る。
明るくて、にこやか。不破くんと見間違えそうな笑顔。だけどそれがしっくりこないというか、胡散臭いと思ってしまうのは普段のニヤリ笑いを見慣れてしまったせいかもしれない。

「そう言うな、名前が前もって準備しておいたのが無駄になってしまう」

なあ?なんて言いながら立花先輩がこっちに振るけど、その言い方じゃまるで私が全部用意したみたいだ。私は人数分の湯のみを揃えたくらいなのに。

それに――休憩には賛成だけど、みんなを無理に付き合わせるのも悪いと思う自分もいる。

(あんまり、長く居たくないんだよね…きっと…)

室内の空気にあてられてか、藤内や伝七、兵太夫はいつもよりずっと静かでおとなしい。
それも違和感の一つになっていて、自分にとって作法室は気兼ねなく過ごせる場所のひとつだけど、みんなにとっては違うんだなと実感してしまった。

名前、そう無駄に考え込んでないでぶちまけてみたらどうだ」
「む、無駄って…私はただ…和やかにお茶がしたいだけで…」
「ならばお開きにして、ご退場願ったほうがいいか?」
「どうしてそうなるんですか!一緒の方がいいに決まってます!」
「……とのことだ。お前たち、よもや帰るなんて言わないだろう?」

閉じられた扇で五年のみんなを指す立花先輩に思わず額を押さえる。
――またやられた。
口から飛び出た言葉は本音だけど、先輩に誘導されたと思うと溜息をつきたくなってしまう。

「…立花先輩、それじゃ遠まわしな強制です」
「それがどうした」

そうですよね。
先輩がわかってないはずありませんでした。

今度こそ溜息を吐き出す。
抗議しようとしたら、いきなり背中に激突されて吸い込んだ空気は奇声に変わってしまった。

「もう、喜八郎!」
名前先輩、僕じゃありませんよ」
「え、あれ、伝七!?」

私にぶつかった衝撃か、よろけて倒れそうになっていた伝七を慌てて支える。
てっきり喜八郎かと思ったのに、予想と違いすぎて思考が追いつかない。

「どうしたの?」
「す、すみません先輩。いきなり綾部先輩に押され…あ、いえ、その、」
「あ、内緒って言ったのに」
「喜八郎!やっぱりあんたが原因……こら、聞いてるの!?」

振り返り姿勢で自分も不安定だったから、伝七に手を借してもらう。
改めて喜八郎に詰め寄ろうとしたら、喜八郎はあっさり私を無視して一番近くにいた不破くんに声をかけていた。

名前先輩の淹れてくれるお茶は美味しいですよ」
「うん、知ってるよ?」

私が淹れるなんていつ決まったの。
そうツッコミかけた勢いは、不破くんの一見穏やかな返しに押されて引っ込んだ。

「…ね、不破くん機嫌悪くない?」
「……俺も、良くはないんだけど」

普段見ない雰囲気に驚いて、こっそり久々知くんに聞いてみたら予想外な答えが返ってきた。
思わず久々知くんが座っている場所と周囲を確認する。
カラクリは発動してないみたいだけど――

「な、何かされた?それとも、」
「ああ、ごめん、変な言い方した。名前は何も悪くないんだ。俺たちが、勝手に妬いてるだけ」
「妬…え、あの、」
「兵助、“特に俺が”って言わなきゃ」

会話に参加してきた勘右衛門の声で肩がびくりと跳ねた。
否定しないどころか「そうだな」ってあっさり言う久々知くんの言葉を聞いて、一気に熱が上がった気がする。

「兵助もだけど、三郎も相当じゃねぇ?」
「あ、やっぱり?」

呆れ混じりの竹谷の台詞で思わず三郎の方へ視線をやる。
三郎は朗らかな笑顔を浮かべて、不破くんと喜八郎の会話に参加している。
会話の内容はわからないけれど、傍目には楽しそうだ。

名前

呼びながら私の手をとる久々知くんが躊躇いがちに視線を泳がせる。
なんとなく口を挟めないまま見返すと、ゆっくり手を握られた。ドク、と心臓が強く鳴った。

「…俺、このまま名前を連れ――」

ガンッ、と目の前で発生した音に気をとられて、起こったことがうまく浸透してこない。
天井には穴が開いてて、そこに転がってるのは桶で、呆気にとられてる竹谷と勘右衛門が――

「久々知くん!?」
「~~~~ッ、痛ってぇ……!」
「ごめん、触るよ?ちょっと痛いけど、我慢ね?」
「え、あ、うん」

慌てて久々知くんが押さえている箇所を確認する。
水や薬の類はかぶってなさそうだ。

「……コブできちゃったかな……冷やす?」
「…………」
「久々知くん?大丈夫?気分悪い?」

自分でも質問しすぎだと思ったけど、止められない。
答えが返ってこないのが不安で、覗き込むために手をつこうとした途端、その手に縄が巻きついた。
ぎょっとする間もなくそれを思い切り引かれて、当然私はバランスを崩してその場に倒れた。

「いった!ちょっと先輩、何するんですかいきなり!!」
「後々後悔するのはお前だぞ名前。久々知とベタベタしたいなら後にしろ」
「な、心配してただけです!」
「お前はな」
「大体、あの仕掛け…っていい加減引きずるのやめてください!!」

縄を手繰り寄せる立花先輩と、その距離が徐々に縮まる私との掛け合いは、その縄がブツリと切れたことで中断された。
切れた縄の先を見つめる立花先輩が軽く笑う。
次いで私を見ると、どこか嬉しそうに目を細めてスッと立ち上がった。

名前、いつまでも転がってないで茶の準備だ。それと久々知、この穴はお前が直せよ。直すまで帰さんからな」

立花先輩が操る扇の動きを視線で追うと、畳に突き刺さっている苦無が目に入る。
これで切ってくれたのかな、と思いながら身体を起こし、苦無を回収しつつその場に座り込む久々知くんの背中に小さくお礼を言った。





「立花先輩、おれたちで遊ぶのやめてくださいよ」
「心外だな。私は名前で遊んでいるだけで、お前たちは勝手につられているだけだ」
「…………タチ悪いなぁ」
「尾浜」
「はい?」
「さっき投げようとしていたのはなんだ?」
「あれ、バレてましたか」
「私の方を狙っておいて白々しいな」
「あはは」

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