カラクリピエロ

いとしい君のうばいかた

※久々知視点




好きな人の好きなものは好きになりたいし、可愛がりたい気持ちは十分ある。
相手は彼女の愛犬で、彼女が溺愛しているのも知っている。
馬鹿なことだってわかってる。
だけど、割り切れないこともあるんだって気づかされた。

「こら、だめだってば!待て!」

制止をかける声も、それを叱る声もどちらも俺には甘く優しく聞こえて胸がざわつく。
そうやって懸命に命令する名前の足元で、お座りをした彼女の愛犬はパタパタしっぽを振っていた。
揺れ続けるそれを見て名前はキッと引き締めていた顔を緩めて「よし」と嬉しそうに笑う。
断じて命令されたい願望はないけれど、名前から伝わる愛情を一身に受ける影丸に嫉妬心が湧いた。

名前
「あ、久々知くん見た?いつもなかなか成功しないんだけど、今日は調子いいみたい!」

よほど嬉しいのか興奮気味に、頬を紅潮させて俺に報告してくる名前は可愛い。
可愛いが、おもしろくない。
意識を自分に向けさせる為に呼びかけたのに、名前の思考は相変わらず愛犬で占められているようだ。

下級生(特に一年生)も名前を惹きつける強い引力持ちだけど、こっちは言葉が通じるからまだ対処のしようがある。だけど、獣が相手になるとどうしていいかわからない。
今度八左ヱ門にでも手懐ける方法を――いや、俺が可愛がりたいのは名前であって彼女の愛犬じゃないんだ。

影丸の頭を優しく撫でる名前に近づいて、真似るように彼女の頭を撫でてみた。

「…? なあに?」
「えらいえらい」
「ふふ、嬉しいけど、頑張ったのは私じゃないからなぁ」

にこにこしながら、褒めるのはこっちと影丸を示される。
はなから伝わるとは思っていなかったから、それはいいとして。いつもと反応が違うのはやっぱり比重がそっちに傾いているせいなのか。

ちら、と影丸を見下ろせば黒くて丸っこい二つの目と視線が合った気がした。
両の前足を名前の膝に乗せてるのに気づいて思わずそれをとる。

「影丸、久々知くんが遊んでくれるって!」

唐突過ぎて名前を見ようとしたら、件の影丸に思い切り体当たりされた。
心の準備が何も出来ていなかった俺はよろけ、耐えきれず名前にぶつかってしまった。

「わ!?」
「ご、ごめん!大丈夫か?」
「うん。久々知くんこそ大丈夫?」

咄嗟に支えてくれたのか、俺は名前に肩を抱かれているような体勢になっていた。
やわらかくて、温かい。やっぱり男とは身体のつくりが全然違うんだなと当たり前のことを思う。

「ごめんね、この子興奮すると一直線につっこむ癖が…」
「飼い主に似るって言うしな」
「……どういう意味……」

珍しく不満を滲ませた声が耳朶に届く。
それに小さく笑っていたら突然名前の動きがぎこちなくなった。

――ああ、気づいちゃったか。
更にこみ上げる笑いを堪えながら視線を上げてみる。近すぎて顔は見えなかったものの、首元まで薄桃色に染まっているから想像はしやすい。

「重くないか?」
「え、う、ん、平気!」

そう答えてくれると思った。
もう少しだけこのままでいたくてした質問に、予想通りの反応をしてくれるのが嬉しい。
余韻に浸ろうと目を閉じたら、その瞬間腹に衝撃をくらった。

「か、影丸!久々知くんごめん!ごめんね!」

咳き込む俺を支えながら愛犬を叱りつける名前を片手で制す。
大丈夫だという意思表示、それと自分で相手をしようと思ったから。

「……いい度胸だな……」

呼吸を整えながら口に出してしまっていたらしい。
はっきり聞き取れなかったのか、名前が首をかしげていた。

「俺が全力で遊んでやる」

言い直す代わりにそう言って、影丸に指をつきつける。
友人たちが見たら「大人げない」とか「かっこ悪い」とか言いそうではあるが、今はいないし名前が喜んでいるから気にしない。

鬱憤もたまっていたし、丁度いい。
名前が笑顔で渡してくるおもちゃを受け取って、ちぎれそうな勢いで尾を振る影丸と向き合いながら彼女の『よし』の合図を待った。





「八!犬の気を惹くものってなんだ!?」
「うぉわっ、な、なんだよいきなり」
「教えてくれ今すぐ!」
「落ち着け…つか苦しいっての!」
「散歩デート失敗したの?」
「…失敗じゃない…けど、邪魔された」
「果たしてどっちが邪魔だったんだろうなぁ」
「さぶ、ろ、馬鹿っ、余、計なこと言うな!」
「うわ締まってる締まってる!兵助駄目だって!」





犬と張り合う久々知。

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