カラクリピエロ

秘密と嘘は標準装備


立花先輩が校外への忍務へ出かけたとかで、今日の委員会はお休みらしい。
思いがけず空いた時間でなにをしようか上機嫌で廊下を歩いていたら、突然目の前に三郎が現れた。

名前、今暇か?」

妙に楽しげな三郎からの問いかけは、質問の形をとった確認のように聞こえた。
せっかくの時間を三郎に振り回されて終わりそうな予感がして反射的に身構える。

「ごめん忙しい」
「よし、暇だな」

笑顔でお断りを入れたのに、それ以上のイイ笑顔で三郎は私の意見を綺麗に無視した。
すぐさま腕をとられて引っ張られ、反応の鈍い自分を悔いる。逃げ出すタイミングを見失ってしまった。

「私は忙しいんだってば!」
「ならばその用事を言え。ものすごく面倒だが手伝ってやる」
「そのお気持ちだけで…」

なんでこんなに強引なのか不思議でしかたなかったけれど、聞いたら負けのような気がする。
力で敵わず引きずられながらも、頑なに逆方向へ進みたがる私に焦れたのか、三郎は小さく舌打ちをもらした。
ぐい、とより強い力に引っ張られ足が浮いたかと思った直後、三郎に横抱きにされていた。

「ちょ、な!?」
「どうした急に大人しくなって」

思わず固まる私に、三郎はわざとらしく言う。
そのニヤニヤ笑いがムカつく!

「お、お、降ろして!!」
「断る」
「なんで!?重いでしょほら!」
「お前もそういうのは気にしてたのか」

どこか感心したように呟く三郎はにっこりと人好きする笑顔を浮かべて私を見下ろした。
不破くんと同じ笑顔のはずなのに、この胡散臭さはなんなんだろう。
ひく、と自分の顔が引きつる。

「…残念だな、尚更降ろしたくなくなった」
「こ、このサド!鬼!」
「そんなことを言われたら期待に応えたくなるじゃないか」

ことさら楽しそうに笑う三郎は私を解放する気がないらしい。
唸りながら三郎を睨み上げる私に、ふっと笑った三郎は突然私を支える両腕の力を抜いた。

「っ、」
「なんてなー。名前で遊んでいると時間が足りなくなるな。さっさと行くぞ」
「っの、いじめっこ!ばか!」

一瞬の浮遊感に大きく心臓が跳ね、思い切り目を瞑ってしまったのがものすごく悔しい。
あっさり私を抱えなおす三郎に悪態をついて、降ろせと言いながら足をばたつかせた。
もう我慢の限界だ。

「暴れると落ちるぞ」
「落ちてもいいって言ってるの!」
「じゃあ触る」
「………………はあ!?」
名前はわかってないようだが、今の私はお前に触り放題だぞ」

動きを止めた私に向かって、さらりとなんでもないことのように言う。
脳が理解するのを拒否しているが、とんでもないことを言われたんじゃないだろうか。

「最初からそうやっておとなしくしてればいいんだ」

三郎は満足げに溢し、結局目的地に着くまで降ろしてもらえなかった。
道中なるべく三郎を視界にいれないように目を瞑り、これはゆりかごで私は夢の中でとわけのわからない自己暗示をかけ続ける。
ぴたりと止まった動きにそろりと目を開けると、丁度こっちを見下ろした三郎とばっちり目が合ってしまった。

「寝ていたんじゃないのか」
「なんで」
「私の腕の中が気持ちよくて」
「そんなの実感する余裕があるわけないでしょ!」

手が塞がっているためか、行儀悪く足で戸を開ける三郎。
先に私を降ろして、という言葉は当然のように無視された。

「どういう登場の仕方だよ……」
「かんえも――ったぁ!?」
「ああ重かった」

開いた戸の先から聞こえた呆れかえった声は友人のもので、助けを求めるべく名を呼ぼうとした矢先に落とされた。
座布団のおかげで廊下の板張りよりはましかもしれないけど、痛いものは痛い。

「~~ッ、三郎!あんたねぇ、無理やり運んでおいてそれ!?」
「お前も自覚していたじゃないか」
「自分で言うのと言われるのは全然違う!そこは嘘でも重くなかったって言うところでしょ!」
「私は自分に正直なんだ」
「大体理由もなく私の都合も無視でこんなところ連れてきて――」

不満をぶつける途中で自分を注視する視線に気づき言葉を止める。視線の発信源らしきほうを見ると、妙にキラキラした表情の一年生二人がいた。

「…………あの、」
名前、呼んだのはこいつらだよ」

口を挟んできた勘右衛門を見ると、彼はにっこりと嬉しそうに笑った。
それに何か返そうとしたところで、くい、と軽く装束が引かれる。

苗字先輩、こっちに座ってください」
「鉢屋先輩は僕らのお願いを聞いてくれただけなんです」

いそいそと席を整える庄左ヱ門が示す場所へ彦四郎に引かれるまま座る。
彦四郎が言うと、二人が声を揃えて「すみません」と小さく溢した。
顔が全然すまなそうじゃないんですが。

「…可愛いから許す」

名前、声に出てる」

一年生に両脇を固められ思わず拳を握る私を見て、正面に座る勘右衛門が笑った。

名前は基本駄々漏れだからな」

失礼なことを言う三郎が勘右衛門の隣に移動する。
文句を返そうとしたのに、一年生を見て満足げに優しく微笑むのを見て驚いてしまった。

「…………意外」
「なにがだ」
「だっていーっつも意地悪い顔ばっかりなのに後輩にはそういう顔するんだ?」
「あ、それはおれも思う。まあ三郎は素直じゃないだけで扱いさえ覚えればすごい優しいんだけどさ」
「おい。扱いってなんだ扱いって」
「なんでも使いようだよね」

悪びれもせずにこにこ笑顔を返す勘右衛門に、三郎が片手で顔を抑える。
学級委員長委員会って三郎が主導権を握ってると思ってたんだけど、実は勘右衛門主導なんだろうか。

「あははっ、ないない。めんどくさいし、そういうのは三郎担当。おれは影から支えるほうが好きなんだ」
「めんどくさいって……それ言わなければかっこいいのに……あ、ありがとう」

左から庄左ヱ門がお茶を出してくれて、右からは彦四郎が大福の乗った皿を差し出してくれた。
流されるままお茶を飲んで大福を食べながら世間話に花を咲かせる。
苗字先輩の好きな甘味処はどこですか、好みの菓子は、お茶の種類は、などなど飛んでくる質問に答えている途中でハタと気づいた。なんで私ここに呼ばれたんだっけ。

勘右衛門は庄左ヱ門と彦四郎が呼んだって言ってたけど、なんのために?

名前としゃべりたいからでしょ?」
「…………それだけ?」
「だよな?」
「「はい」」
「二人して物好きすぎるな」
「そりゃおれと三郎の後輩だし」
「……どういう意味だ」
「そのままだよ」

ぽんぽんと応酬を繰り返す目の前の二人をよそに、私は両側にいる二人を交互に見て一言「楽しい?」と聞いた。
だってわざわざ私を呼んで話すだけって、そんなのいつでもできそうなのに。

二人は声をそろえて「はい」と元気よく返事をした後、三郎と勘右衛門をちら見した。

「元々は鉢屋先輩と尾浜先輩が苗字先輩の話をしていたからなんです」
「僕と庄左ヱ門が“いいですね”って言ったら鉢屋先輩が連れてくるって…」

ほんとに連れてきてくれると思いませんでしたけど。
そう続けて照れくさそうに笑うものだから思わずきゅんとしてしまった。一年生恐るべし。

「…そういうことなら普通に誘ってくれれば私だって素直に来たのに」
「馬鹿だな。嫌がる名前を連れてくるのがいいんだろうが」
「…………悪趣味」

ジト目で言うと、三郎がニヤリと笑った。全然堪えてないらしい。
その横で私と三郎を交互に見た勘右衛門がこれまた嬉しそうににっこりする。

「どうしたの勘右衛門」
名前、いいこと教えてあげる。三郎はね、お気に入りほど構いたがるんだよ。構われるのが好きだから」
「な、何を言い出すんだお前は!」
「でもいいなー、今度はおれが名前を迎えに行くね」
「勘右衛門、無視するな!」

三郎の文句を明らかに適当に流している勘右衛門は別の話題に移っている。
かみ合っているのか合ってないのか、よくわからない二人に呆れながら「先輩方楽しそうですね」とにこにこする一年生二人の頭をそっと撫でた。

「こんな風になりませんように……素直でまっすぐで優しく育ちますように……」
「僕なら大丈夫ですよ苗字先輩」
「ぼ、僕も、頑張ります!」

さらりと言う庄左ヱ門と意気込む彦四郎。
彦四郎はともかく庄左ヱ門は一癖ありそうな感じに育ちそう…

……凸凹コンビになりそうだけど、それはそれでいいかもしれないなと思った。

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