カラクリピエロ

背中合わせ


※綾部視点




人は慣れる生き物だ。
僕は名前先輩を見てるとつくづくそう思う。

「喜八郎、重いんだけど……」
「僕は全然ですが」
「あんたは私に寄りかかってるだけなんだから当然でしょ!」

くっついてる背中があったかくて、名前先輩がしゃべるたびに伝わる振動が心地いいから、退くのはちょっともったいない。少し眠くなってきたし。

ここまでくるのに僕がどれだけ頑張ったと思ってるんだろう…………と思ったけど、実際にはあんまり頑張ってないかもしれない。
最初に実行したのはいつだっけ。もう忘れちゃったけど、最初は背中に抱き着いて思い切り拒否された気がする。
背負い投げ、次が肘打ち。抱きつくのは駄目かと妥協した結果この体制で落ち着いた。作業中を狙うと成功率が上がるのもわかった。ちょっとずつ時間が伸びて、いつの間にか力技でどかされることはなくなっていた――つまりは僕の粘り勝ち。

「喜八郎聞いてるの!?」
「じゃあ膝枕してください」
「何を言ってるのかわかりません」

照れ屋の先輩。
ときどき僕に対しても敬語になる。動揺してるときはすごく可愛いのに、笑顔と一緒になってるときは怖い。

はぁ、と軽く溜息をつく名前先輩。
肩越しに振り返ろうと思ったけど途中でやめた。振り返ったらそのまま振り落とされるだろうし。

「っ、くすぐったいから動かないでよ!」
「どけって言ったの先輩じゃないですか」
「どいてくれる気があるなら前に動きなさい、前に」
名前先輩が僕に寄りかかってくれるなら」
「……喜八郎さ、少しくらい私と会話しようとか思わない?」

今のはしっかり成立していると思いますが。
名前先輩は「もー」と言いながらぐっと背中を伸ばした。あーあ、もう終わりか。
――と思ったら、トン、と僕の背中に軽い衝撃。

「え?」
「なに、重いとか言ったら頭突きするからね」

…だって、本当に寄りかかってくれると思わなかった。
納まりが悪いのか、まるで確認作業のように僕の背中を名前先輩の頭がゴロゴロ動く。くすぐったい。
そんなに動くと髪の毛ぐしゃぐしゃになりますよ。
それを言おうか考えて、ふと思い出した。

名前先輩」
「んー?」
「僕さっきまでたーこちゃんを掘ってたんでした」
「な、な、な…」

あっという間に僕から離れた名前先輩は、僕の髪を掴み(痛い)軽く持ち上げたようだった。

「どうですか?」
「こ、の…アホ八郎ーーーー!」
「あ、それやめてください。滝夜叉丸を思い出すので」
「あー!床まで泥落ちてる!やばい立花先輩に怒られるよ!ほら立って立って!」

名前先輩は僕の腕を引っ張って立たせると、外へ押し出しながら「落として」と短く言った。
言われたとおり装束をパタパタはたいて泥を落とす。その間に先輩は室内に残った泥を綺麗にしているようだった。

「落ちた?」
「はい」
「じゃあこれね」
「先輩っていつも手ぬぐい持ってますね」
「もう持ち歩くのが癖になっちゃってるの!まったく誰のせいだと思ってんの…」

ぶつぶつ言いながらまた室内に戻る先輩。怒られているのに、なんとなく嬉しい。
おかしいな、そんな嗜好は持ってなかったはずだけど。

「喜八郎終わったら手伝ってー」
「はーい」

もっと声張る、とよくわからない叱咤をする名前先輩の声を聞きながら、僕は作法室の畳を踏んだ。





「あ、藤内遅いよー」
「すみませ…うわっ、苗字先輩それじゃ畳の目に泥が入っちゃいます!」
「え、それやばくない?」
「わあぁぁ先輩駄目ですって!」
名前先輩、諦めましょう」
「喜八郎だけは言っちゃ駄目なセリフだからねそれ」

「――畳を張り替えたのはいつだったか」

「ぎゃっ、出た!」
「ふっ、いい声だな名前。まるで物の怪でも見たかのようだ。……さて、なにが出たのやら」
「う、う、ううう…………き、きはちろ…………あれ?藤内、喜八郎は?」
「……すみません、止められませんでした」
「!!?」
名前、じっくり聞かせてくれるな?」

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