カラクリピエロ

無自覚行動

※久々知視点。仲良し




「久々知くん」
「あれ、もうそんな時間か?悪い、ちょっと待ってくれ」
「そんな時間だよ。この本読んでてもいい?」
「ん、」

ひょこっと部屋に顔を出した名前は、勉強で部屋に篭る俺に夕飯の時間を知らせにきてくれた。
無意識に時間を計る目安にしてしまっていることに気づいて苦笑する。
それを感じ取ったのか、名前が本から顔を上げて首をかしげた。

「いつも待たせてごめんな」

なんでもない、と返そうとしたのに、口からは別の内容がこぼれ落ちる。
名前は驚いた顔で素早く何度も瞬いたあと、ふにゃりと相好を崩した。

「私が勝手に待ってるだけなのに…それに、久々知くんがすぐ反応してくれるの嬉しいから全然気にならないよ」
「……え!?」
「少し前は勉強中にお邪魔すると何度か声かけないと駄目だったけど、最近は気づいてくれるでしょ?」

――そうなのか俺。
にこにこと嬉しそうに、自分では気づいていなかったことを言われて思わず筆がぶれた。紙面には意味の無い、のたくった棒が……書き直しだ。

「……久々知くんもこういうの読むんだねー」
「それ雷蔵が持ってきたんだ」

失敗した紙をどう再利用しようかと考えながら名前の呟きに反応すると、くすくす笑い声が返ってきた。そういえば雷蔵はなんの本を貸してくれたんだろう。
読んだほうがいい、と力説するからつい借りてしまったけど(図書室の本らしく、手続きもさせられた)、まだ良く見ていない。

「少し前にくの一教室で流行ったんだよこれ。私も今度不破くんにお勧め教えてもらおうかな」

趣味が合いそう、と言われて何故か引っ掛かりを覚えた。
すっきりしないモヤのようなものが喉元にある気がする。

「…どういう話なんだ?」
「恋物語なんだけど…………なんかポロッと結末言っちゃいそうだからなぁ…不破くんに聞いたほうがいいかも。久々知くんは普段どういう本読むの?」

別に構わないのに。
というか恋物語を薦めてくるってどういう意図だ。今度雷蔵に詳しく追及してみたほうがいいだろうか。

書棚から本を引っ張り出して名前に差し出すと、彼女は慌てたように寄って来て近くでペタリと座った。

「……孫子……」
「土井先生に借りたんだよ。しばらく持ってていいって言うから……名前?」
「あ。ごめん、私さっきから邪魔してるよね。静かに待ってます」

じっと兵法に見入っていた名前は、それだけ言うと本当に静かになってしまった。
もう少し話をしたかったと思っている自分に驚いて軽く首を振る。待たせているんだし、話はあとでもできるだろう。

ふう、と息を吐き出して筆を置く。やっと納得できるところまでできた。
気づけば等間隔で聞こえていた紙をめくる音が止んでいる。
さすがに読みきることはないだろうと思って隣を見れば、名前はゆっくり舟をこいでいた。

前方にかくんと揺れるのが文机にぶつかりそうで危なっかしい。
待たせすぎた俺も悪いけど――

「…………」

こくりと頭が揺れる。それにあわせて、結われた髪が肩伝いに前へ流れた。
そっと手を伸ばして流れた髪をすくいとる。
自分のものとは違う感触を指にからめとったところで「ん」と微かな声が聞こえた。

「っ、」

ここまでしてやっと自分の行動を自覚して慌てて離す。
無意識でこれってやばくないか。

名前、」
「うあっ、すみません土井先生!」

今度こそ起こそうと肩に手を置くと、名前は大きく身体を震わせて顔を上げた。
視線が合うと「あ」と声を漏らして段々顔を赤く染める。

「いや、あの……たまたま、授業中の夢をね、見ただけで…いつも怒られてるわけじゃないからね?」

その様子に、思わず吹きだしてしまった。

「わかったわかった」
「わかってない!その顔絶対わかってない!」
「ちゃんとわかってるって。食堂行こう、な?」

尚も必死に弁解する名前の背を軽く押す。
手のひらに触れた髪のせいで先ほどのことを思い出しそうになったけれど、俺はそれを無理やり押し戻して名前の背中から手を離した。

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.