カラクリピエロ

迷子の先輩


※浦風視点




――ジュンコがいなくなった。

青ざめた顔で部屋に飛び込んできた孫兵に頼まれて(しょっちゅうだから今更驚かない)忍たま長屋を手分けして探すことになった。
解散した途端、教室や裏山の方向へ走っていく左門と三之助を捕まえるために走る作兵衛。
おかげで人員は僕と孫兵と数馬だけ――うん、これも比較的いつものことだ。

孫兵はいち早くジュンコの名を呼びながらフラフラ行ってしまうし、思わず数馬と顔を見合わせて溜息をついてしまった。

「…じゃあ僕はあっち探すね」
「僕はこっちだな。見つからなくても半刻後に一度集合しないか?」
「うん、そうしよう。孫兵にも言ってくる、藤内は先に探してて」

タタッと急いで走っていく数馬に頷いて、近くの茂みを覗く。
ジュンコの赤は目立つから、居たらすぐにわかると思うんだけど…

「藤内発見!」
「うひゃっ!?」

頭上から、ザッと葉擦れの音を立てて苗字先輩の頭が飛び出てきた。

(び、び、び、びっくりした…)

どくどく鳴る心臓を押さえる僕は腰を抜かしてしまっていて、苗字先輩はパチパチ何度か瞬きをした後、へにゃっと顔を緩めた。

「ごめんね、藤内。驚かせちゃった」
「いえ…大丈夫です。苗字先輩は何してるんですか?」
「……実は迷子です……」
「……なにしてるんですか」

つい呆れ声になってしまったのは方向音痴の二人が重なったからかもしれない。

髪をなびかせながら身軽に着地する苗字先輩は「見取り図なくしちゃって…」と言いながら恥ずかしそうに頭をかいた。

「だから藤内に会えてラッキーでした。ついでにこれ、お届け物…って言っていいのかな」
「ジュンコ!」

苗字先輩の腕に巻きついているのは間違いなく同級生の探しヘビ。
先輩とジュンコを見て、桃色と赤の色合わせはなんだか可愛らしいなと思った。

「藤内に預けておけば大丈夫だよね」
「――は、はい!あの、先輩はジュンコ平気なんですね」

迷うことなく言われたのが信頼されているようで嬉しい。
照れくさくて質問を重ねると、苗字先輩は僕にジュンコを巻きつけながら躊躇いがちに頷いた。
あれ?苦手なようには見えなかったけど。

「うーん……ジュンコはね、孫兵がいつも連れてるおかげでだいぶ慣れたから。でもだからって毒虫全部大丈夫なわけじゃないんだよ?」
「何かあったんですか?」
「孫兵がさ……『ジュンコの可愛らしさがわかるなら、じゅんいちやきみ太郎や大山兄弟の可愛らしさもわかるはずです』とか言い出して、飼育小屋行くと私を毒虫の領域に……ああもう無理無理無理無理!」
「お、落ち着いてください苗字先輩!深呼吸しましょう、」

いきなりしゃがみ込んだ先輩の肩に手を置いて、視線を合わせて言った。
実はこれも結構慣れていたりする。なんたって作法委員会では珍しくない光景だ。
普段は立花先輩にポンポン言い返す苗字先輩も唐突に切れたりする。たまに綾部先輩を相手にしているときも。いずれにせよ限界はあるらしい。

「相変わらず藤内は癒し…」

……ふんわり笑顔で言う先輩のセリフも聞き慣れてしまったけれど、何度言われても嬉しい。
言った後、僕の前髪をちょいちょいと触って整えるのも(意味があるのかわからないけど)先輩の癖のようだった。

嫌ではないけれど少しくすぐったいというか、恥ずかしいというか……照れくさい。

今は苗字先輩よりも少しだけ低い背丈だけど、追い抜いたら同じことをしてみたい。
先輩はどんな顔をするだろう。やっぱり驚くかな。

「――苗字先輩、迷子ついでに少し寄っていきませんか。もうすぐ孫兵も戻ってきますし、毒虫のことも僕が説得してみますから」
「ありがとう藤内!ほんといい子!」
「あの、頭を撫でるのは…」
「だめ!?そっかあ…藤内もお年頃ってやつ?ごめん、気をつけるね」

(…ずるい、なあ…)

さっと手を引いて、ちょこっとがっかりしたような顔をして、それでも笑ってくれるんだから。
強く出られないじゃないか。

「…たまになら、いいですよ」
「!」
「あと!後輩のいないとき限定でなら」
「藤内も先輩だもんねぇ…」

しみじみ言いながら早速僕の頭を撫でる苗字先輩に、ジョウホってやつです、と心の中で答えておいた。




先輩後輩のような姉弟のような。

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