カラクリピエロ

縁日にいきましょう(10)


ゆっくりとした足取りで並ぶ屋台を眺めていると、繋いだ手を軽く引かれる。
自然と歩くのをやめて名前に視線をやれば、彼女は屋台の方を見ながら気まずそうに話を切り出した。

「あの、さっきの…私が久々知くんを持って帰るって、どういう……別に、持ち帰りたくないわけじゃなくてね、意味が知りたいだけ!」

言葉の途中で慌てだす名前は、誤魔化すように俺の手を引いたまま屋台に寄り、店先にあった扇を片手で器用に開く。
パタパタ扇ぐと微かに花の匂いがして、やけに高級感がある品だ(縁日の雰囲気とは合わない気がするが)。

「久々知くん聞いてる?」
「ああ。ようするに、持ち帰りたいってことだろ?」
「そ、そこじゃなくて!」
「…俺は名前に貰われた身だし、わざわざタカ丸さんに許可を取ったのは名前じゃないか」

からかい混じりに返しながら、名前の持っていた扇を抜き取り店の明かりに透かしてみる。
色合いも豪華だな、と単純な感想を抱きつつそれを閉じ、元の位置に戻した。

無言になってしまった名前の様子を窺う。
店先から離れたいのか、俺の腕にくっついて軽く押すから、逆らうでもなく歩みを再開させた。

「…………だって、一緒に、居たかったんだもん」

聞き逃してしまいそうなくらい小さな声で呟かれて、心臓が跳ねる。
名前はなぜか拗ねるようにムッとしているけれど、頬は赤いし俺の手を握る力は強い――まるで不安を隠すように。

自然と漏れてしまう笑い声とともに、名前の手をゆっくり握り返した。

「そんなの俺だって同じだ。だから早く帰ろうって言ってるのに」
「………………やだ。同じなら、まだ付き合って」
「――。」

名前が発する小さなわがままが、なんだか妙に嬉しい。
俺が無言を返したせいか、彼女は誤魔化すみたいに“せっかくのお祭りだからまだ堪能していたい”というようなことを捲し立てたが、それさえ可愛く思える。

「そりゃ…見たいものが具体的に決まってるわけじゃないけど、」
「――……わかった。俺の負けだ」

抱きしめたいという衝動を逃がしつつの返答だったのに、名前が嬉しそうに笑うから努力が無になりかける。
彼女と付き会い始めてから、確実に忍耐度は上がっていると思う。同じくらい限界がくるのも早くなってる気がするけど。

「……ついでだから、八左ヱ門に土産でも買ってってやるか」
「竹谷はお祭り来てないの?」
「生き物の世話があるって言ってたよ」
「ふーん……ね、久々知くんは粉物だったら何が好き?」
「そうだな、俺は――」

ふと思いついたように、首を傾げて覗き込んでくる彼女へ返す答えを探しながら、並び立つ屋台へ目を向けた。

+++

結局ほとんどの屋台を回り(ほぼ冷やかしで終わったが)、満足したらしい名前と二人。
余韻に浸りながら学園への道を並んで歩く。

「久々知くん、ありがとう」
「? なにが?」
「色々!」

跳ねるように一歩前に出る名前が笑うのに合わせ、カロン、と下駄が鳴った。
機嫌良く繋いだ手を揺らす名前は普段よりも子供っぽくて、そんな彼女も可愛いなと思いながら笑い返す。

「…あ!」
「ん?忘れ物でもした?」

反射的に名前の手首から下がる巾着へ目をやって聞く俺に、名前は言いにくそうに口元へ手をやる。
それから俺をじっと見たかと思えば視線を外し、もう一度戻された時には彼女の頬は赤く染まっていた。

「……そんな顔されたら、帰るまで我慢できなくなるだろ」
「っ、部屋、で……私、待ってる、から…」

ますます顔を赤くして、ぎゅう、と音がしそうなくらい俺の手を強く握る名前が途切れがちに返してくる。

それは…もしかしなくても、誘い文句ってやつじゃないのか。

内容をじっくり反芻しつつ彼女の顔を見返す俺に、名前が「久々知くんが先に言ったんだよ」と言い訳するみたいに呟く。
恥ずかしそうに紡がれたそれをほぼ無意識に肯定しながら、俺は名前を抱き寄せていた。忍耐力はまだ未熟らしい。

「――すぐ行くから、そのまま部屋にいてくれ」
「えっ、すぐは駄目!」
「…さっき待ってるって言ったのに」
「だって……お風呂入りたいもん。そ、それに!久々知くんは竹谷に伝言あるんでしょ?」

なるべくゆっくりしてこいと言いだす名前の頬に触れ、そのまま撫でる。
びくついて首を竦める名前は俺を見返すが、すぐに俺の手元にあった荷物の方へ視線を移した。
せっかく買った八左ヱ門への土産だが、放り投げたい衝動に駆られてしまう。

「……久々知くんも一緒に食べたら、丁度いい時間になるんじゃないかな」
「もう向こうで充分食べてきた。俺は名前の浴衣を脱がせたいん、」
「~~~~ッッ!!」

言葉途中で名前に口を覆われ(何度目だろう)、何か言いたげに唇を震わせる真っ赤な顔を見返す。
口を噤むと彼女はそっと手を外し、困ったように微かに首を振った。

実際どう言ったらいいか困っているんだろう。直接的に言いすぎたかと内心反省しながらも、名前の襟元に沿って指を滑らせた。

「これ…もう、しばらく着ないんだよな?」
「それは…そう、だけど」

両手を使って上から押さえられ、動きを封じられる。
名前の力なんて微々たるものだけど、俺はあえてそのままの状態で、そっと彼女の髪に口づけを落とした。

「…………駄目か?」

羞恥からか、潤んで揺れる瞳をまっすぐ見つめて聞いてみる。
黙り込み、唇を引き結ぶ名前が頷くのはきっと時間の問題だろう。

これでもし渋られたら自分の部屋に連れ込もうと考えながら(勘右衛門には悪いけど)、徐々に開かれる唇から音が聞こえるのを待つことにした。






「八、勘右衛門から伝言」
「おー、お帰り……って、伝言?」
「“ごめん半分食べた”。あとこれ土産な」
「ちょっ、ちょっと待て兵助!礼くらい言わせろって。なんでそんな急いでんだ?」
名前が待ってるから」
「…祭り終わったんじゃねぇのかよ」
「むしろこれからだ」
「……反応に困るからそういうこと言うのやめろ!」
「聞いたのはそっちだろ」





無意識に爆心地へ踏み込んでいく竹谷くん

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