縁日にいきましょう(6)
名前の手を引いて、庄左ヱ門が言っていた通りに道を進んでいく。
行きついた先ではがやがやと賑やかにたむろしている妖怪たちと、存在感のない看板(文字はおどろおどろしい)があった。
不安そうに俺の腕にくっついて縮こまっていた名前は、目の前に広がる明るい雰囲気に表情を緩め、ほっと息をつく。
それを盗み見ていた俺は自分も釣られていることに気づいて、なんだか笑いたくなってしまった。
「久々知くん?」
「いや、楽しそうだなと思って」
「うん!みんな一年生だね」
わかるのか。
パタパタ動き回っている妖怪は大体が仮装しているし、顔のないやつだっているのに。
「――鉢屋せんぱーい!鼻が取れちゃいましたー!」
「前が見えません」
「お腹空きました~」
「ああもう、まとめて面倒みてやるから並べ!じっとしてろ!」
はーい、と綺麗に揃った返事を耳に入れながら視線をやる。
「雷蔵、こっちにも何か食べ物ー!」
騒ぎの中央にしゃがんでいるのは三郎で、忙しそうに妖怪(あれも一年生だろう)の顔をいじっていた。
「……可愛らしさと怖さの融合」
ぼそりと呟く名前が考え込むように小さく唸る。
そういえば三郎がそんなことを言ってたなと思いながら首を巡らせれば、周囲から一つ飛び出ている頭を見つけた。
「雷蔵」
「あ、兵助、名前も!食べる?」
出会いがしらにいきなり差し出された皿を思わず受けとる。
にこにこしながら中在家先輩からの差し入れだと言う雷蔵にかぶさるように、名前が歓声をあげた。
「雷蔵、座るところないか」
「その辺で適当に見繕ってよ。僕みんなに配ってる途中だから」
じゃあね、と手を振る雷蔵を見送り、ボーロの乗った皿を名前に渡す。
塀…というか衝立というか、とにかく薄い板の傍に段差を見つけて名前をそこに座らせた。
「…丁度いいときに来たみたいだな。“休憩中”って張り紙してあったし」
「それでみんな外にいるんだね。……久々知くんは食べないの?」
「ん、じゃあ一口。ああ、いいよ名前が持ったままで」
美味しいよ、と力強く言いながら皿ごとよこそうとするのを止めて、一口分だけ掬い取る。
じっと見つめてくる名前に「美味い」と告げればパッと表情が明るくなって、嬉しそうに笑った。
遠巻きに見ているおかげもあるのか、うろちょろしている妖怪(一年生)を怖がる様子はない。
逆にどことなく嬉しそうで安心した。
中在家先輩作らしいボーロを食べる名前と二人、彼らを眺めながら勝手に正体について言い当てる流れに――とはいっても、俺はほとんど名前に相槌を打つだけだったけど。
「――あ、ほら!ね、やっぱり金吾だった!」
「…よくわかるな」
「でもきっと一年生じゃなかったらわかんないだろうなー。はい、最後の一口」
「…………いただきます」
ひょいと残っていたボーロを掬ってそのまま俺に向ける名前に少し驚いた。
断る理由もなかったから、自分の手を添えて顔を近づける。
同時にビクッと名前の手が震え、上目がちに様子を伺えば喉元から赤くなっていくところだった。
「わかっててやったんじゃないのか」
「よく、考えてなかった…」
笑い混じりに聞く俺に、綺麗になった皿へ視線を落としながら返してくる。
そんな彼女に無性に触れたくなって手を伸ばす――が、頬に触れる直前、唐突に名前の背後に現れた人影に驚いて動きを止めた。
長い黒髪で顔はほとんど隠れているし、かろうじて見えてる口元と白い着物には血がついているし……薄暗い中、気配を消して近づいてきたのは意図的だろうと思わずにいられない。
「おい名前」
「――っ!!」
ぽん、と肩に手を置かれた名前が振り向きかけて固まる。
「そろそろ再開するからそこをどけ。屋敷の入口は」
「……ッ、!! ~~~~っっ、」
「わっ、ちょっ、名前!」
音のない悲鳴を上げながら、名前が転がるようにして俺の方に突っ込んでくる。
慌てて手を伸ばし、落ちかけていた皿を掴みつつ名前を抱きとめた。
「…名前、立花先輩だよ」
俺にしがみついて小刻みに震える彼女に優しく言うと、僅かに力が緩む。
宥めるように背を叩く途中で顔を上げる名前は涙目で、つい溜息交じりに「やりすぎです」と言ってしまった。
「私はただ声をかけただけだろう?」
立花先輩は髪をかきあげてにっこり笑うが、明らかにからかいが混じっている。
ついでに口から血を垂らしながら笑う図は怖い。
「…………ふむ。よし、名前。やはりお前は作法委員として胆を鍛えるべきだな!」
からくり屋敷と言う名のお化け屋敷に“入っていけ”と提案(というよりは命令)をしてくる先輩に、名前がぶるぶると首を振る。
思いのほかダメージは大きかったようで、俺から離れようともせず、声も聞こえない。
「せっかく兵太夫が張り切って設置したというのに」
「…………ッ」
「――すみません立花先輩、今日は勘弁してください」
再度(さっきよりも力強く)首を振り、拒否を示す名前を背に追いやって口を挟む。
意外そうに瞬いた先輩は無言で俺を見ると、ふっと小さく笑って数回手をたたいた。
「――……立花先輩、それで呼ぶのやめてくださいって言いましたよね」
「鉢屋、サクラは期待できなくなった。引き続き客引きを頼むぞ」
「……聞いちゃいないなこの人は」
嫌そうに顔をしかめる三郎とは対照的に、楽しそうに口端を上げる立花先輩は髪を払って衝立の向こうへ歩いていく。
いつの間にか手には血のついた鎌を持っていて、あんなのと遭遇するのは昼間でもごめんだなと真剣に考えてしまった。
「兵助、もう帰るのか?」
「とりあえず移動するよ。当てが外れて残念だったな」
「まったくだ。名前はいい悲鳴をあげてくれそうだったのに」
名前の手をそっと握り、入口の方へ歩きだす三郎についていく。
三郎が行き掛けに衝立を叩いたのは何かの合図なんだろうか。
出入り口付近にある存在感のない看板が目に入る。
“休憩中”の張り紙は剥がされているものの、あまり変化を感じられない。
「――苗字先輩!」
「……へ…だゆう……」
駆け寄ってきた少年は普段とほとんど変化がないから、俺にもそれが兵太夫だというのはわかった。
全速力で走ってきたらしい兵太夫がつんのめって転びかけるのを支えながら、なんの仮装なんだろうとほんのり考えた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます久々知先輩。苗字先輩、あとで…委員会のときでいいですから、見てください!」
頑張ったんですから、と拳を握り、少しばかりムッとしている兵太夫に、名前は何度か瞬きをしてふにゃりと相好を崩した。
嬉しそうに「うん」と返事をして、やわらかく兵太夫の頭を撫でる。
「兵助、今日は妬かないのか?」
「…………なんでそれが普通みたいに言うんだ」
「何かいいことでもあったんだろ、ん?」
「……はぁ…お前も立花先輩といい勝負だよな」
こっちの言い分を全く聞いてない、と皮肉を込めて返せば、三郎は「そうかもな」と笑いながら肩を竦めた。
兵太夫=座敷童
2939文字 / 2012.09.12up
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