カラクリピエロ

縁日にいきましょう(2)


祭り囃子と提灯の灯りが近付くにつれて、お祭り独特の空気が伝わってきてそわそわする。
それは名前も同じらしく繋いだ手に力が入り、身を寄せるようにして俺の腕にしがみついてきた。
もちろん嬉しかったからわざわざ指摘するなんてことはしなかったけど。

「なにから見ようか。名前はどこか――」

名前の意見を聞こうとした直後、視界の端に映り込んだ人影を見て動きを止める。
俺の視線を追ったのか、「はい、ちょきちょきちょき~♪」と耳慣れた声と歓声に混じって名前も同じものに気づいたような声をあげた。

「……久々知くん、あっち、行こ」
「え、いいのか?」

だいぶ人が集まっているタカ丸さんの出し物(店かもしれない)を彼女は見たいんじゃないかと思ったのに。
いいの、といくらか焦ったように言う名前は俺の手を強く握って軽く引く。

「久々知くんが斉藤さんに捕まっちゃうかもしれないし……」

図らずも同じことを考えていたことが嬉しくて言葉がでない。
俺は名前を近づけさせたくなかったから、正確には同じじゃないのかもしれないけど――自然と熱が集まる頬を咳払いで誤魔化しながら、周囲が暗くなりかけでよかったと思った。

辺りから漂ってくる食べ物の匂いにつられて何か食べようかと話している最中、これまた聞き覚えのある声を拾う。
小松田さんが言っていたからある程度予想はしていたが、まさかこんなに早く遭遇するとは。

名前、俺見たいものが――」
「あ、久々知先輩!苗字先輩も!べっこう飴いかがっすか?」
「…………はぁ」

目ざとい。
隠しきれなかった溜め息はタイミング良く名前がきり丸を呼ぶ声に被さってくれたが、表情はそうもいかなかったらしい。

「久々知先輩、そんな辛気臭い顔してないで苗字先輩にプレゼントってことでどうですか、おひとつ」
「辛気臭いは余計だ」
「きり丸はアルバイト?」
「はいっ」

これは鳥でこっちはウサギで、と箱から一つずつ棒付きの飴を持ち上げては形を説明し始めるきり丸。それに逐一頷いている名前は可愛いけれど、きり丸の話術に乗せられているのを見るのはあまり楽しくない。

「うーん……鳥にしようかな。こっちのちょっと丸いのが可愛い」
「これか?」
「うん!可愛いよね」
「ん、うーん……?」

鳥だと教えてもらわないとただの歪んだ円にしか見えない。
可愛いといわれてもよくわからなくて、曖昧な返事をしながらきり丸に代金を払い、名前に飴を手渡した。

「まいどー!」
「あっ、久々知くん、私払う」
「いいよこれくらい。それよりきり丸、バイトしてるのはお前だけか?」

そうだ、と答えてほしかったが、俺の希望はあっさり打ち砕かれた。
きり丸だけじゃなく一年は組と…他にも“先輩方を見かけた”という情報を得て、これはいっそ名前を自慢して歩くべきだろうかと自棄になりかけた。

(……あまり見せたくないんだけどな)

普段学園にいるときは割り切っているつもりだが、今日のように特別な装いをしている名前のことは独り占めしていたい――なんて、そんなのは俺の勝手な独占欲でしかない。
綺麗さも可愛らしさも増している浴衣姿だ。彼女自身が周りに見せたいと思っていたりするかもしれないのに。

自嘲気味に名前を見つめればパチリと目が合う。
そわそわしていた彼女ははにかみながら「ありがとう」と言って頬を染めた。

…もしかして、それを言うタイミングを計っていたんだろか。
にこにこして、嬉しそうに飴を口元で揺らす動作も相まって無性に抱きしめたい衝動に駆られる。

「――向こうでは中在家先輩が手作りボーロ売ってましたし、もう少し行ったところでは潮江先輩が焼きおにぎりの屋台出してましたね」

ハッとしてきり丸に焦点を合わせれば、餅だのイカだのトウモロコシだの――おそらく屋台について羅列しているのが聞こえる。

「きり丸、兵太夫もどこかで店番してるんだよね?」
「兵太夫なら奥の方で“からくりびっくり屋敷”構えてますよ」
「……やっぱり今日のためだったんだ」

聞き覚えのある名称と、何か知っているらしい名前の言動に問いかけの視線を投げると名前は苦笑を返してきた。
きり丸に礼を言って別れた後、道の端に寄って一息つきながら続きを促す。
名前は手に持ったままの飴を揺らし、記憶をたどるように遠くを見た。

「文化祭のときに作法委員が作ってたやつ覚えてる?」
「さっきのからくり屋敷のことか」
「うん。それをね、夏っぽく改装して使うんだって少し前から色々準備してたの」
「夏っぽく?」
「委員会で使ってる生首フィギュアとか首桶たくさん持ち出して、斜堂先生には火の玉くださいってわけわかんないこと頼んで…立花先輩まで面白がって無駄に精巧な手首とか血のりとか用意してね」

…………つまりお化け屋敷か。
名前の語り口からして手伝っていたわけではなさそうだけど――

名前は作り物は平気なんだっけ?」
「昼間なら、いくらかは大丈夫。でも夜は嫌。見たくない。見分けつかなくて怖いから」

ぶるりと身体を震わせる名前に寄りそうと、繋いだ手をぎゅっと握り軽く頭をもたせ掛けてくる。
いつもより甘えてくれている気がするのは祭りの雰囲気のおかげだろうか。

「……久々知くんは、見に行きたい?」
「――俺は、」
「連れてってくれるよね、久々知くん!」

名前がいるのとは逆側から急に腕を掴まれたにも関わらず、聞こえてきたのは名前の声で……反射的に肘を入れてしまった。
咄嗟だったせいか思いのほか力が入ってしまったようで、咳き込む声が聞こえる。

「へ…、すけ……この、馬鹿、加減しろ!!」
「いや…今のは三郎が悪いでしょ」
「っ、び…っくり、した…不破くん?」

名前側から現れたのは、やあ、と挨拶しながらひらりと手を振って笑う雷蔵だった。過剰なくらい全身が白っぽい。
くずおれたままの三郎を見れば雷蔵と同じような格好をして、手にはなにやら看板を持っている。

「僕たち客引き中なんだ。二人も来ない?“からくりびっくり屋敷・夏ばーじょん”ってとこなんだけど。三郎と立花先輩が張り切って準備したから、それなりに涼はとれると思うよ」
「テーマは可愛らしさと怖さの融合だ!」

「鉢屋せんぱーい、不破せんぱーい!」

「きゃあああああああ!!」
「っ、」

薄暗い茂みから顔をのぞかせたのは顔の真ん中に大きな目玉が一つ―― 一つ目小僧。
もちろん意表をつかれて驚いたけど……
それよりも、俺にぶつかる勢いで胸に飛び込んできた名前の方が気になって仕方ない。
ぴたりとくっついて俺の着物をがっちり掴んで、混乱してるのか震えながらか細い声で謝ってくる。

緩く抱き込んでゆっくり背中をたたいていると、生地の薄さだとか浮いた襟元から覗くうなじだとか……、そういう余計なところばかりが目についてしまう。

(――落ちつけ俺…)

「だい、じょうぶだ」
「……全然大丈夫そうに聞こえないなぁ」
「放っておけ雷蔵。それよりどうした庄左ヱ門、目玉を増やしてほしいのか?」
「いえ。立花先輩がお二人を呼んでらっしゃいます」

会話を漏れ聞いて、三郎の傍で淡々と説明している妖怪は一年生かと思いながら名前(と自分)を落ち着かせる。
一度きつく目を閉じてから、だいぶ時間をかけて深呼吸を終えた。

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