カラクリピエロ

可愛いわがまま(10)


※夢主視点





久々知くん、から兵助くんと呼び名を変えたあの日から、数日。
私は未だに兵助くんの“楽しみにしてる”に応えられていない。

兵助くんは私を急かすようなこともなく、もしかしたらあの場限りの冗談だったかもしれない、と思いこみたくなったころ――妙にいやらしい手つきで背中や腰をなでてくる。
そのたびに、私はドキッとしてうろたえて兵助くんに笑われた。

それがまた優しくて、嬉しそうで……全然からかうようなものじゃないから、文句も言えなくなってしまう。

「おーい、名前ちゃ~ん!」
「あ。斉藤さん、こんにちは」
「こんにちはー。兵助くんのところだよね、一緒にいこ!」

焔硝蔵に向かっていたのは事実だけど、そんなにわかりやすい行動をしてるのかと思うとなんだか複雑だ。
隣を歩く斉藤さんに、貰ったお酒のお礼や味(あれ以来兵助くんに没収されて飲めてないけど)についての話をしたり、斉藤さんから“くのたまに髪結いをせがまれてる”って話を聞いたりしながら到着したら、中から友人の声がした。

思わず斉藤さんと顔を見合わせると彼は口元に指を立て、開かれたままだった扉の影に移動しつつ私を手招く。
戸惑いながら従う最中、漏れ聞こえるのは私の名前。
どうも私のことで言い争っているような雰囲気に不安になってきた。
胸元を押さえながら斉藤さんが空けてくれたスペースにもぐりこみ、そっと中を覗く。即座に飛んできた手裏剣が頭上を掠めていった。

名前!!」

硬直する私と斉藤さんの方に兵助くんが駆け寄ってくる。
扉の影から私を引っ張り出し、頬に触れて顔を上げさせると上から下までつぶさに観察し、納得したのかぎゅっと私を抱きしめた。

なにがなんだかわからないうちにそんな状態だったから、見上げながら彼の腕に触れる。
兵助くんは私のこめかみに頬を触れさせてから微笑んで、ほっと息を吐いた。と思ったら、急にイライラした空気をまとうからびっくりした。

「――大事なら、間違っても攻撃できないと思うけどな」
「ッ、ほんっと腹立つ!久々知、今度の合同授業楽しみにしてなさいよ」
「どうでもいい」
「いい加減離れなさいよあんた。……名前、ごめんね。一応これ」

ぐい、と兵助くんから引き剥がされ、眉尻を下げてしょんぼりしている友人から手に何か乗せられる。
見れば彼女がいつも携帯している傷薬で、さっきの手裏剣は彼女のだったんだなと思いながら大丈夫と返した。

まだ何か言おうとしているのに気づいて首を傾げると、彼女は嫌そうに兵助くんをみて、あれもごめん、と私にしか聞こえないくらいの大きさで言った。

「あれ?」
「名前よ」
「あ……、それは、私のわがままで、……ありがと」
「…名前が言ったってほんとだったんだ…」

なぜか溜息交じりに嘆かれて、肩を掴まれ妙に真剣な顔で覗きこまれる。

「久々知が私のあの人みたいにイイ男になるとはぜんっぜん思えないけど、何か嫌なことあったらすぐ言うのよ?」
「兵助くんはいい男だもん!」

ムッとしながら反論したらポンポンと肩を叩かれて、苦笑される。
この意見に関しては、何度言っても彼女は受け入れてくれないけど(彼女が自分の恋人第一なのもある)、仮に同意を得られたらそれはそれで嫌かもしれないのが複雑だ。

「そうだ、こっちもあげる」
「また薬?」
「気持ち良くなるお薬」

さっきもらったのと入れ物が似てるなぁと思ってたら、色気たっぷりに言われて彼女を凝視してしまった。
彼女はお詫びと言いながら、ウィンクをして綺麗な微笑みで手を振ると、私の横をすり抜け斉藤さんを捕獲する。
ちょっと待って、とか先日のお礼が、とか言っているのが聞こえたけど、手のひらに乗せられたこれをどうしたらいいのか――

「なにもらったんだ?」
「!!」

後ろから緩く腕を回されて、思いっきり心臓が跳ねた。
驚きでドキドキしたまま、薬をぎゅっと握りこむ。なんとなく、隠しておきたかった。

誤魔化しがてら振り返ろうとしたら、兵助くんの力が強くなって肩に顔を押し付けられる。
今度は兵助くん自身にドキドキし始めてしまった。少しだけ離れたいのに、私の腕ごと抱きしめられてるものだから、うまく身動きできない。

「兵助くん、そろそろ…三郎次も伊助も来ると思うんだけど……」
「…もう少し」

肩もだけど、兵助くんの髪の毛が首にあたって、そっちもくすぐったい。
落ち着かないままそわそわしていたら、ちゅっと首に口づけられて奇声をあげてしまった。

「なななな!!」

唇が触れた場所を押さえて、するっと離れていく兵助くんを睨みつける。
彼は気にした様子もなく柔らかく微笑むと、焔硝蔵の奥へと入っていった。

「…………う~~~~っ!!」
苗字先輩、何唸ってるんですか」
「こんにちは苗字先輩!」
「さ、三郎次!伊助も!?」
「――遅かったな二人とも」

久々知先輩、と同時に呼びかける声を聞きながら、何事もなかったように応対する兵助くんを凝視する。
指示を仰ぐ後輩二人に頷いて膝をつくのを見て、かっこいいなと思ったところで頭を振った。

確かにかっこいいけど、考えたかったのはそれじゃない。
兵助くんは私より何枚も上手で、いつも余裕があって…正直、悔しい。

名前、悪いんだけどタカ丸さん呼んできてもらっていいか?たぶんくの一教室の方に行ってると思うから……いなかったらそのまま戻ってきてくれていいからさ」
「うん…………兵助くん、今日…夜、空いてる?」
「今日?そうだな、特に用事は――……行っていいのか?」

じいっと見つめられているのがわかって真っ直ぐ見返せない。
足元を蹴りながら頷いて、兵助くんから反応が返ってくる前に、斉藤さんの迎えを理由に駆けだした。

こうなったら主導権を握る秘訣みたいなものを獲得しておかなければ。
できればお酒の力も借りたい、と既に弱気になりながら、色の成績が優秀なくのたまの友人を思い浮かべた。





「……兵助、なんかキモい」
「いきなり失礼だな」
「だって見るからに浮かれすぎ…、でかけんの?」
「うん。明日の朝には戻るよ」
「あー…………はいよ。ヘマすんなよ」
「……どういう意味で?」
「聞き返す時点でわかってるだろ」
「そうだな、気をつけるよ」

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