カラクリピエロ

※久々知視点





名前は大きく胸を上下させ、俺以上に荒い呼吸を繰り返す。
目尻から伝い落ちる涙を舐めとれば、ぴくっと跳ねて堪えるような声を漏らした。

――軽い酸欠のせいだけじゃなく…眼下で乱れる名前のせいで目眩がしそうだ。

「名前…」

たまらずに呼びかけると視線を返してくる。
相変わらず蕩けたままの瞳に理性を持っていかれそうになりながら、名前の横に寝転がり、彼女の腕を引いて抱き寄せた。

「――いいよ」

まだ息が整ってない名前を腕に抱き、囁くように告げると問いかけ混じりに見上げてくる。
頬に口づけを落とし、髪と背中を優しく撫でる。
名前の“わがまま”のせいで自然と緩みそうになる口元に手をやって、一度咳払いをした。

「――…くのたまには、名前で呼ぶなって言うことにするよ」
「……い…、の？」
「もちろん」

名前は申し訳なさそうにしてるけど、そんなの苦でも何でもない。
俺からしたら、名前の独占欲を確認できるのが嬉しくてしかたないのに。

ちゅ、と音を鳴らして額にキスをしたら、名前は伏し目がちだった瞳を見開いて素早く瞬いた。
治まりつつあった頬の赤みがまた濃くなっていく。
それから視線をうろうろさせて自ら俺に擦り寄ると、首に腕を絡ませてきた。肩に顔を埋め、ぐりぐり押し付けてくるのがくすぐったい。

「…………すき」

礼を言う代わりのように、名前が溢す一言に心が震える。
たった二文字にこれだけの威力を持たせられるのは、きっと彼女だけだ。

「久々知くん、」

ぎゅっと抱きつかれるのも、嬉しそうに弾む声も心地いい。このまま色々してしまいたいけれど――今の流れでそれはおかしくないか。

「名前は名前で呼んでくれるんじゃないのか？」
「え…」
「呼びたいって言ってたのに」
「っ、」

腕の中で名前がぎくりと身体をこわばらせるのを感じながら、酒が抜けてきてるんだろうかと思う。
反応や言動がしっかりしてきてるし、会話もちゃんと噛み合っている。

しばらく無言だった彼女は意を決したように腕を緩め、代わりに俺の装束の衿元を掴んだ。あえて何もしないで見守っていたら、ぐっと引かれて唇を塞がれた。

軽く吸われる感覚に驚く間もなく、名前の舌が俺の下唇をちろりと舐めていく。むず痒い感覚と同時に思いきり心臓が跳ね、赤くなった（と思う）顔を隠す余裕もない。

「…兵助くん、真っ赤だね」

そう言って悪戯っ子みたいに笑う名前だって、真っ赤だ。
なのに、そう反論することさえできない。
名前は追い打ちをかけるかのように嬉しそうに微笑んで、満足したのかまた俺の肩に顔を押し付けてきた。

――俺はこの誘いに乗ってしまってもいいんだろうか。

名前にそういう意図があるのかどうかは知らないが、もう充分すぎるほど煽られまくっている。
熱は引くどころか高まるばかりで、今だって結構無理をしている状態だ。

考えながらも俺は名前の顔をあげさせて柔らかい唇に舌を這わせる。
仕返しの意図を酌んだのか、名前は微かに声を漏らしながらあっという間に真っ赤になって、いじわる、と呟いた。

「……わざとじゃ、ないんだよな？」
「な…にが…？」
「なんでもない」

名前の顔を覗き込み、目じりに軽く口づけてそのまま瞼へ移動する。さりげなく彼女の身体を仰向けに転がして頬へ。ちゅ、ちゅ、と小さく音を鳴らしていると名前がくすぐったそうに身を捩った。

「…兵助くん」
「うん？」
「…………ごめん、呼んでみただけ」

そう言うなり、名前は頬を染めて僅かに瞼を伏せる。
その仕草は俺から僅かに残っていた迷いを奪い取り、遥か彼方へふっ飛ばしてしまった。

――優しく触れる。少し強く押し付ける。角度を変えて軽く吸うと、名前も小さく身じろぎながら懸命に応えてくれた。

いつの間にか俺の背に回されていた手が必死に装束を掴んでいるのがわかる。
ドクドク速くなっていく心音を耳に入れながら、そっと舌を侵入させた。

「ん、ぅ」

素直に俺を受け入れて、まるで真似るように…震える舌を伸ばしてくる名前が愛おしい。

「…は……名前…、そのまま」
「ん！？…ん、んんっ……ちゅ、っ、ふぁ、～～～～～ッ！！」

必死で俺に応えようとする名前が可愛くて、口づけを深くする。
動きを教え込むように舌を絡ませると、漏れ聞こえた音の大きさに驚いたのか、名前はただでさえ赤い顔をさらに赤くして俺の背中に爪をたてた。

はぁはぁと荒い息で唇を濡らす彼女を見て、ぞくりと背筋があわだつ。
手を動かし、名前の頬から首筋を指でたどっていく。
つう、と滑る動きに名前は小さく悲鳴を上げて身体全体を震わせた。

「な…、え！？久々知くん？」
「……名前、名前」

訂正しながら指の跡を辿るように舌を這わせると、戸惑いと焦りと…微かに快楽を混ぜ合わせた声。
それを聞き逃すようなことはしない。
声が高くなったところに吸いついて舐め上げる。痕をつけてしまいたいのが本音だけど、ぎりぎりのところで思いとどまった。

「ひゃっ！？　あ、久々知く、ん、やぁ」
「…やっぱりすぐには直らないか」
「～～～～っ、」

真っ赤な顔の涙目で、きゅっと下唇を噛みしめる名前。まさに“悔しい”と言いたげな表情がたまらなく可愛い。
宥めるように口づければ、がしっと首に抱きつかれた。

「え…？」
「久々知く……兵助くんだけ、そうやって……ずるい」

動こうと思えば動けたはずなのに、名前の言葉で動きを封じられる。
名前は俺を抱き寄せてぎゅっと腕の力を強くすると、ふっ、と耳に息を吹き込んできた。

「――な！！？」
「…久々知くんも弱いの？」

びく、と勝手に肩が跳ねたのは名前の行動が予想外だったせいだ。
ぞわぞわした感覚に勢いで身体を起こしてしまったけど、これは断じて弱点だったからじゃない。

だけど名前は俺の反論なんか聞いていないかのように、嬉しそうに声を弾ませてにじり寄ってくる。

これは酒の効果なのか、目の前のことに集中すると他を忘れる名前の性格のせいか――両方かもしれない。
距離を詰めてきた名前は俺の足の間に納まると、俺の装束を掴んだ。

「ちょっ……と待て、名前、何しようとしてるんだ」
「久々知くん…――兵助くんの弱点探し」

そう言って身を乗り出す名前の顔が視界から消える。
直後、首に柔らかいものが押し付けられた。ちゅ、と音が鳴る。くすぐったい。

それが通り過ぎると、名前が今していることをじわじわと実感して――――もう駄目だった。

――俺の理性は充分頑張った方だろう、きっと。