カラクリピエロ

まるで、ひめごと(4)


愛犬と向き合って少し冷静になった私は、影丸に久々知くんの行方を捜させつつ、自分の考えすぎに気づいて歩きながら頬を押さえていた。
普通に考えて、私の匂いがついているのは私の木札に違いないのに――

「あーもう恥ずかしい!!大体久々知くんが、イベント中なのに、あんな…」

匂いが移ったのかも、と思うようなことをするのが悪い。
遠まわし遠まわしに自分を誤魔化して腕を組んだところで、影丸の耳がピクリと動き鼻先を上げた。

「見つかった?」

私の呼びかけに振り向く影丸がキュゥ、と若干残念そうな声を出す。
違うのかなと首を傾げたら丁度頭上で物音がした。

「鬼さんこちら♪…あらら…善法寺先輩、大丈夫ですかー?」
「…………」

身軽に枝に座り込むくのたまの姿に、私は何も言葉が出てこない。
目が合うとにっこり笑い、枝に足をひっかけて上体をぶらつかせたくのたまは空中で一回転しながら私の横に降りてきた。

「……………………三郎」
「どうだ、今回は。遠目にはわからないだろう」
「その胸なに」
「詰め物だ。触ってみるか?」
「いい。あっ、まさか、三木ヱ門から札――」
「これか」

二つの木札が持ち上げられた拍子にカンと音を立てる。
わざわざ引っくり返して見せてくれた札には案の定、“鉢屋”と“田村”の記名があった。

「純粋な後輩は可愛いよな」
「…………三木ヱ門にあとでちゃんと謝ってよね」

ニヤリ笑いの三郎からは嫌な予感しかしないので、どうやって取ったのかは聞きたくない。

「お前はもうリタイアか?」
「そうしたいけど、できないの」

答えたところでまた影丸が小さく鳴いた。
それを見て喉で笑った三郎がいつもの――不破くんの変装に戻る。
謎の行動に眉間に皺を寄せると、私の両肩にポンと手を置いて「任せた」と言い残し、自分は姿を消した。

「なんなのあれ……」
「捕まえ、たーーーー!!」
「きゃあああああ!!」
「ぐふっ、」

いきなり後ろから飛びつかれ、私は思わず肘を入れ(加減なんて考えてる余裕はなかった)、私の悲鳴に驚いたらしい影丸も相手に思い切り体当たりをしたらしい。
驚きでドキドキしている心臓を押さえながら振り返ったら、鳩尾辺りに手を添えて、小さく呻きつつ転がっている善法寺先輩がいた。

「ぜ、善法寺先輩、大丈夫ですか」
名前……」

警戒して唸る愛犬を手で制して、様子を伺うために膝をつく。
善法寺先輩はよろよろ手を伸ばしてきたかと思うと、そのままパタリと突っ伏してしまった。

参加する気は皆無だったとはいえ、こうも目の前で“取ってください”な状況なのに、取れないなんて悔しい。

「お前も容赦ないな」
「あ!ちょっと、ずるい!!」

音もなく隣に現れた三郎は善法寺先輩を仰向けて堂々と木札を奪い取る。
手柄の横取りだと文句を言えば、三郎は鬱陶しそうに溜息をついて懐から取り出した物を私の手に乗せた。

「なにこれ」
「お前に届け物だ」
「…………ってことは」
「立花先輩作。煙で目の前すら見えなくなるから使いどころに注意しろ、だとさ」

そう私に告げながら、三郎は善法寺先輩を引きずって草むらの中に隠す。
手の中に残された煙幕らしいものを横目に、どれだけ私の格好で好き勝手動いていたのかを思うとうんざりする。

(そもそも、どうして配達役なんか引き受けてるんだろう……)

立花先輩と駆け引きでもしたんだろうか。
想像をめぐらせる私をよそに、三郎は善法寺先輩の頬をペチペチ叩いて起床を促すと、先輩が目を開ける前に「じゃあな」と言い残して行ってしまった。

うう、と声を漏らす先輩に手を合わせて「ごめんなさい」と言い残した後は用もなかったから(起きて色々問い詰められても面倒だし)、影丸と一緒にその場を後にすることにした。

――久々知くん捜し続行だ。

+++

嬉しそうに一声鳴いてしっぽを振る愛犬を見て、思わず手を打ち鳴らす。

――ようやく見つけた!

「よーし、静かに近づかないとね。影丸、どっち?」

キューンと鳴きながら久々知くんがいるらしい方向に行こうとする影丸を宥め、ここで待つように指示した。
自分ひとりでも気づかれずに近づけるか怪しいのに、影丸を連れていたら完璧にアウトだ。

息をつめ、足音を殺し、自分に出来る精一杯で気配を消す。
移動してたらどうしよう、と思いながら目星をつけた辺りまで来ると、五年色の装束と柔らかく波打つ黒髪が見えた。
幸いこっちに気づいた様子はない。

――できるだけ近づいてこの煙幕で視界を奪って、その隙に札を取る。

(よし!)

脳内シミュレートはばっちりだ。
何度か深呼吸して、ジリジリ距離を詰める。息を潜めて様子を窺うと、久々知くんの奥にもう一人忍たまがいるのが見えた。緑青色――六年生だ。

「――すでに傷だらけに見えますが大丈夫ですか」
「……これくらいなんともねぇ。あいつらも頑張ってくれるとは思うんだがいまいち…ってんなことはどうでもいい!」
「食満先輩が勝手に話したんですよ」
「おとなしくその札――――誰だ!?」

(しまっ…)

二人分の視線に驚いて、咄嗟に煙幕を投げつけてしまった。
せめてもう少し近づかないとと思っていたのに、これでは久々知くんの視界しか奪えない。

「ええい、一か八か!」

もうもうと立ち込める煙の中、久々知くんがいる位置まで距離を詰める。
真っ白い視界の中進んでいたら、なぜか食満先輩の「久々知てめぇ!!」と叫ぶ涙声。
苦しそうに咳き込んでるし大丈夫だろうか、と思った瞬間、思い切り腕を引かれて悲鳴をあげそうになってしまった。

口を塞がれたおかげで音にはならなかったけれど。

「ん、んん~~~~っ!!」
「…静かにするか?」
「んん――…ぷはっ、はっ、な、なんで」

白い煙の塊は依然として晴れる気配がない。
久々知くんに引かれるまま段々と遠ざかるそれを見ながら、浮かんだ言葉を口にした。

名前に気づいたことか、連れ出したことか、食満先輩に何したか……どれ?」
「ぜ、ぜんぶ」
「気づいたのは…まぁ、食満先輩も気づいてた通り、名前の気配がわかりやすかった。連れ出したのは俺の勝手で、食満先輩には持ってた催涙弾を煙幕に紛れさせて投げた」
「催涙……ひゃあ!?」

巻き込まれなくてよかった。
ほっと胸を撫で下ろそうとして、途中で久々知くんに足を掬われた。

「なななな、」
「こっちの方が速い」

横抱き姿勢に身を縮める私に、久々知くんが小さく笑う。
ひょいひょい身軽に木の間を移動する景色を視界の端にいれつつも、どこを見たらいいかわからない。
先ほどから聞こえる音に気をとられて視線をやれば、カンカンとリズムよく触れ合う木札の音。私の探し物。

取るなら今しかない。
どうしようか考えて、パッと思いついた方法に首を振る。
そんなの出来ない。

だけど、さっきの仕返しとか、たまには久々知くんを驚かせてみたいとか、別の好奇心も湧いてくる。
――必要なのは、勢いと勇気と度胸。

いつも久々知くんにドキドキしているのとは別の意味で緊張してきた。
ドクドク鳴る心臓を押さえて、そっと深呼吸を繰り返す。

「く、久々知くん」
「ん?」
「あの、ね、あの……私……」

呼びかけに応じてスピードを緩めてくれる久々知くんに手を伸ばす。
一度装束を掴んで、ごくりと息を飲んだ。

――緊張しすぎて、死にそう。

とうとう足を止めて私の言葉を待つ姿勢に入った久々知くんを見上げて、掴んでいた装束を思い切り引き寄せた。

「んむ!?」

唇を強く押し付けて、その間に久々知くんの首から下がっていた札を二つ奪い取る。
止まっててくれて助かったと思いながら離れたら、口を覆って呆然としている久々知くんの顔が赤い。
それを見たら今更何をしたのか実感してじわじわ熱が上がってきた。

「ごめんね!!」
「っ、待て名前!」

脱兎のごとく逃げ出して、胸元を探る。
今すぐ応援を呼ばないと追いつかれてまた取られるに決まってる。

揺れ動いて後ろの方にいっちゃってるらしい笛の先を手繰り寄せようとしたところで、腕をとられてバランスを崩してしまった。

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