カラクリピエロ

生物委員会(30)



優しく抱きしめられていることに戸惑いながら、浅く呼吸を繰り返す。
ドクドクうるさい心臓の音を自覚して、一度きつく目を閉じた。久々知くんの着物を掴んだまま彼の肩に額をつけると、抱きしめられる力が増して少し苦しかった。

「……鍛えても無駄な気がしてきた」
「なにを?」
「忍耐力」

ゆっくり離れた久々知くんは小さく笑い、自然な動作で私の手を取る。
転ばないように、と気遣うように言いながら先に獣道へ足を踏み入れた。

久々知くんの手は温かくて、私よりも一回り大きい。少し前までは繋いだだけで緊張して落ち着かなかったのに、今は嬉しさの方が大きい気がする。
こうして包むように握られるとドキドキと安心を交互に感じて――思わず指を動かしてしまった。

「ん?」

久々知くんは速度を落とし、“どうした”と聞くみたいに微笑みを浮かべる。
なんだか恥ずかしくなった私は言葉を探しながら、繋いだ手を握ったり離したり(久々知くんが私の手を掴んだままだったから、正確には離れてないけど)謎の行動をとってしまった。

名前、それくすぐったい」

くすくす笑う久々知くんに胸がきゅんとする。
速くなる鼓動と、不意に感じるもどかしさ。

――こんなの、前は感じなかったのに。私はどうかしちゃったのかもしれない。

「……久々知くんの手、好き」
「っ、ど、どうしたんだ、急に」

湧いてきた言葉をそのまま口にすると、久々知くんがびくっと震えて素早く瞬きをする。
頬がほんのり赤くなっていくのを見て、治まるどころか余計に激しくなる心音を感じながら、衝動そのままに顔をゆるめてしまった。

「急に、言いたくなったの」
「――……本当に…あとで覚えてろ」

僅かに視線をずらし、ますます赤くなる久々知くんが何か堪えるように呟く。
さっきよりも強く手を握られて、なぜか前に言われた“清算してもらう”という言葉を思い出していた。

サワサワと、風に揺れる草の音が聞こえる。
ひらけた視界の先には空が見えて(奥は崖になっているらしい)、これなら左門が言っていた景色を見られるかもしれないとぼんやり思った。

「…見事に何もないな」
「薬草とか、案外珍しいものが生えてそうだけどね」

乱雑に生えている草と、申し訳程度に咲いている野の花を見下ろしてそんな感想を持つ。そのまま原っぱの真ん中まで行って立ち止まった。

私は戸惑っている久々知くんの手を引きながら、その場に座り込む。
彼は何か言いたげにしていたけれど、結局なにも言わないまま私にならって隣に腰を下ろし、あぐらをかいた。

それを確認してから深呼吸を一つ。
何から、話そう。

目についた草を引き抜いて、指でくるくる回す。
まずは…何度も言いかけて邪魔された報告からにしようかと、苦笑めいた笑いがこぼれた。

「………………私、」

相変わらず、のどにひっかかる言葉。
近々見合いがあること、それに行ってくること。たったそれだけなのに、どうしてこんなに言いにくいんだろう。
昨日はちゃんと言えそうなところまで行ったんだから、するっと出てきてくれてもいいのに。

私の視線は自分の膝元で固定されたように動かない。
立花先輩から指摘されるまで“どうでもいいこと”だと思っていたくせに――

膝上でぎゅっと手のひらを握りしめる。
持っていた草は折れ曲がり、指にチクリとしたものを感じた直後、昨日と同じように久々知くんが私の手を覆った。

びくりと肩が跳ねる。
ゆっくり、盗み見るように彼の方へ視線をやって――ドキッとした。
優しく微笑みを浮かべている久々知くんが私の手をひっくり返し、指を開かせて草を抜く。

久々知くんはなにも言わない。
ただ、じっと私が話し出すのを待ってくれていた。

「――…私、今度、お見合いがあるんだよ……」
「……うん。手紙には、次の休みって書いてあったな」

強張ったままの私の指を解すようにしていた久々知くんの指が、少しずつ私のと絡んでいく。
くすぐったいのに、それをどこか他人事のように目に入れながら、再び口を開いた。

「…………行きたく、ない」

ぽろっとこぼれた言葉と、涙。特に涙の方にびっくりしながら空いていた手で目を擦る。
――相手に断ってもらうために、行ってくる。
面倒だけどしかたないから……笑ってそう伝えるつもりだったのに。

ぐっと手を引っぱられ、久々知くんに抱きとめられる。
浮いたままだった涙に唇が触れて、一気に顔に熱が集まるのがわかった。

「ち、ちがうの、これは」
「なにが違うんだ」

久々知くんを押して距離を取ろうとしたけれど、私の抵抗なんて意味がないとでも言いたげに腰に腕を回される。
顔を上げた途端、目が合って――もう、だめだと思った。

「……わた、し……っ、や…だ…、久々知くんしか…久々知くんだけ、好きなのに……」
名前
「――――行きたくないよ…」

駄々をこねるように首を振ると、私の頬を温かい手のひらが覆う。
次いで、目尻に軽く口づけられて反射的に目を閉じた。

「…それが、聞きたかったんだ。名前の口から」

不意に聞こえた久々知くんの呟きに瞼を上げる。
間近に見えたのは優しく笑う久々知くん。

――私の、一番好きな表情。

それを見たら、少し肩から力が抜けた。
そのまま思わず見とれていると、彼の指が唇に触れる。ドクンと跳ねる心臓の音と一緒に肩まで震えた。
同時に久々知くんまでびくっとしたから、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

「……俺なりに、気をつけてたのに……」

気まずそうに言う久々知くんが私の両頬を包むようにしながら、こつんと額を触れあわせる。
笑いはすぐにひっこんで、またドキドキが戻ってきた。

思わず久々知くんの着物をきつく握り締める。顔が熱くて、心臓の音がうるさい。

じっと見られているのを感じながら、視線をあちこち彷徨わせ、ぎこちなく目を閉じた。そのまま、ぎゅっと瞼に力を入れる。

くす、と小さく笑う久々知くんの声がしたと思った瞬間、唇に柔らかいものが触れ、すぐに離れていった。

驚いたせいなのか、気づけば瞼がせわしなく動いている。
パチパチ瞬きをする間に視界が陰り、僅かに上向かされてもう一度唇が塞がれた。びくりと勝手に身体が跳ねる。
二度目の口づけはさっきよりも長くて、息が苦しい。

自分とは違う体温が直に触れていること、その柔らかさをじわじわと実感してきて……だけど、どうしたらいいかわからない。苦しい。目が、まわりそう。

「ん……ぅ、」
「……、」
「ぷは……、はぁ…はぁ…」

久々知くんがなにか言った気がするけど、私は息を吸うのに忙しく――更に、一気に照れが来てしまい、顔を隠すように久々知くんの胸に顔を埋めていた。

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