カラクリピエロ

生物委員会(20)



衝動に任せてくっついた私は久々知くんの温かさや体付きに触れて、改めて自分とは全然違うんだというのを実感した。
ふいに呼びかけられて身じろぐと、久々知くんは小さく「くすぐったい」と漏らし――私の動きの再現なのか――緩やかに私の背中を撫でた。

「っ、」

くすぐったいのと、ぞくりと粟立つ感覚が混じって一気に体温が上がる
思いきり目をつむりながら久々知くんの装束を握って、さっきよりも強く顔を押しつけた。

くすくす笑っている久々知くんをいじわるだと思っていたら、いきなり強い力で引っ張られ、気付けば草むらの中に倒れこんでいた。
私の下には久々知くんが――

「え!?」
「……悪い名前、つい引っ張った」

それは…そんなのは、いいんだけど。
久々知くんの上にのしかかってるこの体制はあまりよくない。
でも私の手は久々知くんに握られたままで、一度離れたと思った腰に添えられた手もいつの間にか元通り。なにより、緊張と混乱でうまく力が入らなくて動けない。

久々知くんは固まる私に微笑んで、トントンと軽く背中をたたいた。

「――兵助、まさか続行するとか言わないよな」
「そうしたいのはやまやまだけどな。名前、起きられるか?」

音もなく現れた勘右衛門にびくっと肩が跳ねる。
手が離れたと思ったら久々知くんは私ごと起き上がり、背に手を添えて支えてくれた。

「…今、何があったの?」
「おれが軽ーく石投げてー」
「あれは軽くって言わない」

あはは、と笑って小さく投げる動作をする勘右衛門を半眼で見て久々知くんが溜息をつく。
目の前に差し出された彼の手に掴まって、課題だとか忍務だとか…そんな話を耳に入れながら立ち上がった。

「――今からか?」
「そ。じゃなきゃわざわざ邪魔しないって」
「…………」
「…授業?」

黙り込む久々知くんと肩を竦める勘右衛門を見て思わず尋ねる。
勘右衛門は困ったように眉尻を下げて「忍務だよ」と言いながら笑った。

「ごめんね名前。せっかくいいとこだったのに邪魔して」
「~~~~!!」

笑顔の勘右衛門に何も言えなくて、ただ口が金魚みたいにぱくぱく動く。顔も熱い。
勘右衛門はそんな私をみてますます楽しそうな顔をして後ろ頭を掻いた。

「っていうかおれだって来たくて来たわけじゃないんだよ、学級委員長として頼む!とかなんとか言われてさー」
「…仕方ないか。それで、内容は?」
「細かいことはおれじゃわかんないって」

久々知くんは大体でいいから、と勘右衛門にいくつか確認を取ると、頷いて私に向き直る。
教えてくれた話によれば、久々知くんはこれからクラスの人(勘右衛門じゃないらしい)と忍務で、下手をすると戻りは深夜かもしれないと。

「……夜?」
「…うん。だから、また明日な」

知れず沈んでしまった声に自分で驚いていたら、突然ぎゅっと抱きしめられて思い切り身体が跳ねてしまった。
久々知くんの腕の中、勘右衛門の呆れた声が聞こえる。
隠れるように身を縮めると力が増して、少しの間をおいてからそっと離れていった。
それを引き留めるように久々知くんの袖を掴んでしまい、慌てて離しながら両手を後ろに隠す。

「あの、……ええと……いってらっしゃい」

咄嗟の行動を誤魔化すように、当たり障りのない言葉を口にすれば、返ってきたのは嬉しそうな微笑み。
私は久々知くんを見送りながら、またあのもどかしい感覚を味わうことになった。

ぼんやりと飼育小屋へ向かいながら、結局なにも話せていないことに溜息をつく。
なるべく邪魔の入らないようなひと気のない場所でとは思うものの、どこがいいんだろう。

パッと浮かんだのは自分の部屋だけど…自分の部屋に久々知くんと二人きりだなんて、想像しただけで落ち着かない。
頭を振って別の場所を探そうとした途端、本日二回目になる喜八郎の罠にはまった。昨日はこんなところに落とし穴なんてなかったのに。

「…………って、あれ?痛くない」
「うぅ……苗字先輩…踏んでます…」
「うわっ!数馬!?ごめん!!」

驚いたことに落とし穴の中には先客がいて、親切にも(全くの偶然だけど)私の下敷きになってくれた。
あわててどいたら足元に散らばっていた落とし紙に足を取られて再び彼を下敷きに――ぐえっ、とカエルが潰れたような声と共に、数馬はますます土に汚れた。

自棄になった数馬が踏み台になってくれたおかげで穴から抜け出せたから、私も彼の脱出を手伝う。
何度か失敗したものの(なぜか数馬が足をかけると土壁が崩れるから)なんとか引っ張り上げた。

「…は…はぁ…、つか…れた…」
「す…すみません、苗字先輩…助かりました」
「私も、だから…お互いさま」

息切れしながら笑い返して、立ち去りかけたのをやめる。

「――数馬、ひと気のない場所って…どこか知らない?」

私からの唐突な問いかけに数馬は目をしばたかせ、僅かに首を傾げた。
もう一度繰り返したら、今度は自嘲気味に笑う彼にぎょっとして私が瞬きをする番だった。

「それは僕の存在感が薄いからそういう場所にも詳しいんじゃないかってことでしょうか…」
「は?存在感?んー……?よくわかんないけど、ちょうどそのこと考えてたから聞いてみただけ。数馬、穴場に詳しいの?それって学園内にある?」
「へ!?い、いえ…その…す…すみません」
「そっか、ありがとう。引き留めてごめんね」

今度こそ手を振って立ち上がる。土を払っていた数馬に向かって喜八郎の罠に気をつけるように言うと、逆に呼び止められた。

「数馬?」
「穴場なら、僕じゃなくて――」

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