カラクリピエロ

“今から嘘をつきます”


※尾浜視点





“学級委員長委員会”として集まったはいいけれど、おれたちは会計や図書、用具みたいに常に仕事盛りだくさんというわけじゃない。
一応、学園長先生の思いつきに対していろいろ準備をしたりする間は舌打ちしたくなる忙しさだけど、割と暇な日も多い。――ようは、進行形で暇だった。
なにか面白いことないかなぁと思いながら、黙々と変装道具(悪戯道具かもしれない)を作っている三郎から焦点をずらして茶をすする。
一年生を見やれば、庄左ヱ門に頷きを返していた彦四郎が急にうなだれた。いいなあ、そんな呟きが聞こえる。

どうしたんだと声をかけようとしたものの、口を開いたタイミングに被って「三郎いる?」と、やつの彼女――名前が顔を覗かせたから、つい意識を持っていかれた。
戸口に寄って名前を出迎える三郎の影に隠れて彼女の姿は見えない。それをぼんやり眺めながら、三郎が出迎えってわりと珍しいなぁ…なんて、どうでもいいことを考えていた。

「お前な、“会議中”って張り紙してあっただろう」
「え。なかったから入ってきたのに…じゃあいいや、出直す」
「ちょっと待った」

ごめんね、と謝ってあっさり引き下がる名前の腕を掴んだ三郎は、言いよどむ様子を見せてから名前を部屋に引っ張りこんだ。

「わっ!?ちょっと、会議は?」

不思議そうに瞬く名前が三郎を見あげて問うけど、何も答えない――たぶん自分の行動に驚いて固まってるから答えられないだけだ――三郎に焦れたのか、おれの方へ視線を移してきた。

「会議はとっくに終わってるし、暇だったから大丈夫」
「…張り紙外したのは勘右衛門か」

にっこり笑って三郎の分まで愛想よく答えたのに、瞬時に突っかかってくる三郎に肩を竦める。

「それは貼り忘れただけ。それより、ちゃんと言ってやったら?時間ならあるから用があれば聞くよ、ってさ」
「今、言うつもりだったんだ!」

思いっきり顔をしかめて舌打ちする三郎ははっきりいってガラが悪い。
なんで名前を前にすると無駄に面倒くさい天邪鬼になるんだろう、素直になるってそんなに難しいことかな。
――なんて思いながら、それを自覚してる三郎を見て楽しんでるおれも大概だ。

名前はそんなおれたちのやり取りをじっと見守ってから、控えめに三郎の袖を引いた。
意識的にやられてもぐっとくる仕草だけど(おれはね!)、名前の場合はちょっと事情が違う。三郎がことあるごとにつれない態度を取るから、無意識に遠慮がちになっちゃってるんだと思う。

(三郎は一度名前にがっつり締められるべき)

いつだったか、彼女は想いの比重が違うんだと漏らしたことがあるけれど、おれが素で笑いとばしたくらい(名前に涙混じりに怒られて本気で焦った)バランスは取れてるはず。
肝心の三郎が表に出さないせいで、ものすごくわかりにくいのが問題だ。

「…………なんだ?」
「三郎からもちゃんと聞きたい」
「…………」
「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいでしょ、もう!」

言うつもりって言ったくせに、とブツブツ文句をいう名前が三郎の横を抜けて一年生に突撃する。
おとなしく課題をしていたらしい二人はぎょっとしながら、間に割り込んだ名前のために少しずつ位置をずれた。

「慰めて」

机につっぷした名前が無茶を言い出す。
明らかに戸惑ってる一年二人の様子は面白くて可愛いけど、顔を伏せている名前には見えないだろうし無茶な命令を撤回する気もないらしい。
どうしよう、と言いたげに顔を見合わせた二人が、彼女の両側から「苗字先輩、元気だしてください」とか「お饅頭でもいかがですか」と懸命に声をかけているのを横目に三郎を視界に入れた。
むっつりと黙りこんで、不満そうな空気を醸し出している。

「ごめんなー、余計なこと言って」
「――思ってもいないくせに謝るな」

吹き出しそうになるのをこらえていたのはバレバレだったらしい。
笑みで返せば睨まれたけど……ちょうどいいや。ちょっと釘を刺しておこう。

「三郎はさぁ、もっと危機感覚えた方がいいって。あれ、他のやつに言い出したらどうすんの?」
「…あれ?」
「“慰めて”って縋られて、あんな穏やかに対応してくれるの低学年だけだろ」

ちらっと名前を見やった途端、微かに息をつめて肩を揺らした三郎が焦ったように名前を呼ぶ。
おれは今度こそ大笑いしてしまって、舌打ちした三郎に足蹴にされそうになった。あっぶねぇ。

「な、なにしてんの三郎、喧嘩?」
「笑えない冗談にツッコミを入れようとしただけだ」
「えー。おれ冗談のつもりなかったのに」
「そんなことより!名前は結局何をしに来たんだ。私に用があったんじゃないのか?」

強引に軌道修正を図る三郎に、名前はきょとんと数回瞬いて、あっさり「そうだった」と言いながら手を合わせた。
戸口付近に腰を降ろした三郎に向かい合うようにして座り直す彼女は、意気込みの表れか今にも三郎に掴みかかりそうだ。

「立花先輩をぎゃふんと言わせたいから、上手な嘘のつき方教えて!」
「は?」

怪訝そうな顔をする三郎を見てもう一度同じ内容を繰り返す名前。おれと一年二人まで一緒になって疑問符を浮かべ、前のめりになる名前を眺めた。

「…ぎゃふん、なんて言うやついないだろ」
「そういう気持ちにさせたいの!さっき先輩に真顔で“尻のところが破けてるぞ”とか言われて、ものすごくびっくりして焦ったのに慌ててお尻押さえたらあっさり“嘘だ”って真顔のままで!私だけ恥ずかしい思いしたの悔しいから!!」

三郎に食ってかかる名前の言葉でつい彼女の尻に目がいったのは条件反射ってやつで、悪いのはサラッとそんなこと言っちゃう名前だと思うんだ。だからおれは悪くない。睨まれようが悪くないったら悪くない!

「三郎、聞いてる?」
「…名前が単純で騙されやすいという話だろ?立花先輩の言葉に簡単に踊らされて、あの人のいい玩具じゃないか」

あー。これは…めんどくさい予感がする。
先輩にいいように遊ばれてるのが気に入らないだけだろ、とか、ヤキモチだとしても言い方ってもんがあるだろ、とか、お前がそれ言うか!?とか……転がり出そうな言葉をぐっと飲み込む。だって巻き込まれたくない。
名前が絡むと三郎はものすごく面倒くさくなるから、楽しむところと引くところは読み誤っちゃ駄目だ。

一年を先に帰そうとするも、だんだんピリピリしてくる空気に(おもに三郎のせいだ)二人とも戸惑って、“どうにかしてください”って視線をこっちに寄こす。
――そんな目で見るな、おれそれに逆らうのつらいんだから!

「そんなの、嘘つかれるなんて思ってなかったから仕方ないでしょ」
「は。前もってわかっていれば騙されないとでも言うのか?お前が?」
「む、むかつく…!嘘だってわかってるんだから当たり前でしょ!」

「あー…あのさ、二人とも」

嫌々ながら声をかけて意識をこっちに向けさせると、一瞬だけ三郎の目が光った気がした。
だめだこれ。もう巻き込まれるの確定したよ。

「ちょうどいい、勘右衛門にも名前の騙されやすさを見てもらったらどうだ」
「だから、騙されないってば!」
「さあ、どうだかな」
「なら実際に嘘ついてみればいいでしょ!いくら私だって、」
「――言ったな?」
「え!?い…、言ったけど、え、なに?」
「そこまでいうなら、とっておきの嘘をついてやる」

ニヤリと笑って名前の鼻先に指をつきつける三郎に、名前はすぐに勢いをなくして足を崩した。
及び腰に三郎から距離を取ろうとしていたけど、すぐにがっちり腕を掴まれ、引きずられるようにして三郎の腕の中に納まった――――って、え!?

「へ!?」

ぎょとするおれの耳に名前の声が届く。三郎はそりゃあもう名前が好きだけど、それを表にはださないし不器用に隠そうとしてるのかなんなのか、誰かがいる前で彼女と密着することは滅多にない。

「さ、さぶろう?なに?」
「――今からお前に嘘をつくぞ」

そう宣言しながらも、名前のことは抱きしめたまま。こくこく頷きつつ、真っ赤な顔で三郎の腕を掴んでいる名前は茹であがって倒れるんじゃないだろうか。

「…好きだ」

――うわぁ…なんだその甘ったるい声。
ぞわっと鳥肌を立てて腕をさするおれとは逆に、可哀想なことに雰囲気に当てられちゃったらしい一年二人が固まっている。
名前はといえば、僅かに目を見開いた後、くしゃりと泣きそうな顔になり三郎の装束をぎゅうと握りしめると、それを隠すみたいにして三郎の肩に顔を埋めた。
彼女の珍しい行動にどうこう思うよりも、明らかに嬉し泣きじゃなかった表情が目に焼きついて離れない。

そんな名前に気づいてないはずないのに、三郎は名前を隠すように腕に抱いたまま“好き”を繰り返す。前提さえなければ単なる恋人同士の睦みあいなのに、もういいよ、と漏れ聞こえた声が震えていて痛々しい。

……ねえ、名前。三郎から名前に繰り返されてる“好き”はさ、耳がかゆくなるほど感情がこもってて、嘘には聞こえないだろ?
名前からは見えないだろうけど、表情だって柔らかい。だって、嘘じゃないもんな。

“嘘をつく”って宣言そのものが嘘だなんてひねくれた答えに、素直な名前がすぐに気づくわけない。それを見越して本音を漏らす三郎は、おれからしたら嫌われたがってるようにしか見えないんだけど。好きだ、くらい変な小細工しないで伝えればいいのにさ。

――ほんと、なんでこんなめんどくさい男が好きなんだろう名前は。

で、なかば無理やり付き合わされたおれはこの何とも言い難い空気をどうしたらいいんだよ。
甘ったるい“嘘”に傷ついてる名前に、どう答えを伝えるべきか判断しかねて唸るおれをよそに、「うわ!?」と三郎の悲鳴が聞こえた。

「ななな、なにをするんだ二人とも!」
「いくら鉢屋先輩でも、好きな人を泣かせる嘘はよくないと思います!」
苗字先輩がかわいそうです!」
「い、いや、これはな!?い、痛い痛い、彦四郎それは私の指だひっぱるな!」
「鉢屋先輩はいつも苗字先輩のこと嬉しそうに話してるのに、好きが嘘だなんて嘘です!」
「わ、わかった、私が悪かったから!庄左ヱ門、頼む髪が抜けるからやめろ!」
「髪ってそれヅラじゃん」
「うるさいぞ勘右衛門!!」
完全に八つ当たりのていで怒鳴りつけてくるのを受け流し、笑いながら一年坊主二人に称賛を送る。えらい、よくやった!
装束やら髪やらをひっぱられ、精神的な疲れでも出たのか息切れを起こしてボロボロな三郎だけど、ちゃっかり名前のことは守り切ったらしい。
事態についていけてないらしい名前はまばたき一つでちょっとだけ涙を落とし、再度三郎に抱きしめられて「ひえっ」とおもしろい悲鳴をあげていた。

三郎はわざとらしい溜め息をついてから名前の頭に手を置くと、そのまま一年二人に向き直って「あー」だの「えー」だの意味のない呟きをこぼす。
名前以上に素直な一年生は落ちついたのか三郎の前に正座して、話の続きを待っていた。

「…つまりだな、今のは、その……嘘じゃない」
「?」
「鉢屋先輩、どういうことですか?」
「……あー…………だから!」

がしがし頭をかいたかと思えば、三郎が名前に覆いかぶさって、じたばたする彼女を押さえ込む。
一瞬呆けたあとで反射的に机上に残されていたにんたまの友(一年どっちかの)を掴んで投げてしまったおれは悪くないと思うんだ。これ何度目だろうな…

教本がみごと命中した頭を撫でつつ「こういうことだ」と言い切る三郎は素直になるところを間違ってると思う。

「ば、ばかばかばか!なに考えてんの三郎のばか!!」
「うるさいうるさい、私だって今になってやりすぎたと思ってるんだから言うな」
「~~~~っ!!……ご…ごめんね、変なの見せて」
「変とはなん、むぐっ」
「三郎は黙ってて!!」

しおしおと項垂れて一年二人に謝る名前は、今度は羞恥で泣いてしまいそうだ。
お互い動揺しているせいか、一年生も「大丈夫です」「よく見えませんでしたから」なんて、わけのわからない返事をしていた。

やっぱり面倒くさいことに巻き込まれたなぁ。そう思い返しながら大きな溜め息をつく。
暇で退屈な時間を過ごすのとどっちがましだろう。
庄左ヱ門と彦四郎に「ありがとう」って言いながら、赤い顔で嬉しそうに笑う名前を見て、結論が出せなくなった問いからそっと目を逸らした。





「――ってことがあったんだけど」
「……うーん……それ、勘右衛門にも原因あるんじゃないかな」
「え、おれ?どこらへんに?」
「三郎を焚きつけたでしょう」
「ええー。だって三郎の回りくどさイラッとするからさぁ。名前だってかわいそうじゃん」
「…牽制も入ってるんじゃない?」
「……やっぱり?」
「だって勘右衛門のフォロー完全に苗字さん寄りだもの」
「いや、雷蔵だってあの場にいたら名前に付くと思う」
「かもしれないけど、勘右衛門はやばいって思わせる何かがあるんだよきっと」
「…雷蔵、おれの相手ちょっとめんどくさくなってきてるだろ」
「ははは」

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