カラクリピエロ

生物委員会(7)



委員会の活動時間、私は飼育小屋へ足を進めながら大きく息を吐き出した。
振り返り、作法室があるほうを見て胸元を握る。

なんとか有益なアドバイスをしようと思ったのに、今までの仕掛けと喜八郎が好んで使う目印程度しか伝えられなかった。
気をつけて、しか言えなかった自分にやりきれない気分になりながら、手のひらを見つめる。

――大丈夫だよ。
――そんなに不安そうにしなくても、話をしてくるだけだから。

久々知くんは笑いながらそう言って、私の手を握り、逆に「頑張れ」と励ましてくれた。

「なーに難しい顔してんだ?」
「竹谷…」

いつの間にか足を止めていた私の肩を叩いて、行くぞと促される。
頷いて竹谷の横を歩いていたら、斜め上からわざとらしい咳払いが聞こえた。

「あー…その、なんだ。心配なのはわかるけどさ、兵助のこと信用してやったらどうだ?」
「……ちゃんと、久々知くんなら大丈夫って、何度も言い聞かせてるのに、すぐ“もし怪我でもしたら”って考えちゃうの。……どうしたらいい?どうしたら、」

急に頭に大きな手が乗せられて言葉が切れる。
顔を上げると、“しょうがないやつ”とでも言いたげに困った顔をした竹谷と目が合った。

「なら、心配したままでいいだろ」
「……へ、え?」

ぱっと笑顔に変わった表情で、ちょっと乱暴に私の頭を撫でながらケロリと言い放つ。
思わず気の抜けた声を出しながら見返す私から顔を逸らし、鼻の頭を掻いた。

「どうせ考えんなって言ったって、俺が絶対大丈夫だって断言したって、名前には気休めにしかなんねぇんだろ?」
「……うん」
「かといって委員会体験放り出す気はないんだろうし……だから、そのままでいいんじゃねぇかって言ってんだよ。あー…、ったく、ガラでもねー……」

少し早足になって私との距離を広げる竹谷が、片手で後ろ頭を掻く。
それを見ながら言われた内容を反芻して、気持ちが軽くなっていることに気づいた。

(…私、心配しててもいいんだ)

――それなら、私は自分のやるべきことをしっかりやろう。
久々知くんを心配してることを言い訳にしないように。

「ほら名前、さっさと行くぞ!上級生が遅刻なんて示しがつかねぇからな」
「うん!」

私はもう一度作法室の方を見てから、竹谷に追いつくために小走りになった。

+++

「おーい、集まってくれ!」

竹谷が声をかけると、固まっていた一年生が一斉に顔を上げて駆け寄ってきた。
口々に竹谷を呼ぶ一年生は一度に色々喋りだして、誰が何を言っているのかわからない。
竹谷は笑顔で頷きながら(聞き取れているんだろうか)一年生を並ばせて、姿の見えない三年生について尋ねていた。

「伊賀崎先輩なら、既に毒虫のお世話を…」
「ああ、なるほど」

三治郎が飼育小屋の一角を見ながら教えてくれた内容を聞いて、私に待つよう指示してからそちらへ足を向ける。
一年生四人と一緒に放置って、私と彼らが顔見知りじゃなかったらとても気まずい状況じゃないだろうか。

苗字先輩、生物委員になるって本当ですか?」
「え。一平、それ誰から聞いたの?」
「三治郎から」
「僕は虎若から聞いたよ」
「孫次郎じゃなかったっけ」
「……伊賀崎先輩です」

顔を見合わせて、伝言ゲームのように飛び出てきた名前は孫兵が終点らしい。
生物委員にはならない旨を伝えたら、声を揃えて「えー」と言われて、綺麗なハモリ具合に思わず笑ってしまった。

「――ジュンコ、こらっ」
「うわわわわわ!!?」

いつの間にそこにいたのか、片足にしゅるりと巻きついてきた赤い蛇に、足元から一気にぞわっと鳥肌が立つ。

「まままま孫兵!!」
「もう…駄目じゃないか。おいでジュンコ」
「はや、はやく!!」

ジュンコに呼びかける孫兵は私を一切眼中に入れず、声が届いているかも怪しい。

私の足元に蹲る孫兵と、直立不動の私を見て、竹谷が僅かに目を見開いていた。

「…すげぇ絵面だな」
「ほら、あとで遊んでもらえるからこっちへおいで」

ジュンコに手を差し出して語りかける孫兵はとても優しい雰囲気だったけれど、その内容は聞かなかったことにしたい。

孫兵の説得が効いたのか、ジュンコはするりと私から離れて孫兵の腕を経由していつもの首元に収まる。
それを見てようやく一息つけた私は脱力してその場にしゃがみ込んでしまった。

「孫兵…」
苗字先輩はジュンコに馴れているものだと思っていましたが」
「いきなり来られるのは無理!それより、私が生物委員になるって言ったって本当?」
「僕は竹谷先輩から聞いた話を伝えただけです」

さらりと言いながらジュンコを撫でる孫兵から、竹谷に視線を移すと彼はぱちりと瞬きをして「そんなこと言ったか?」と首を傾げた。

「まあ少しの間とはいえ嘘じゃねぇからさ」
「紛らわしいでしょ…」
「それはそれとして。今日から数日、俺たちの手伝いをしてくれる苗字名前だ。って今更説明すんのもアレだよなぁ……」

苦笑気味になりながら、生物委員に向かって私を紹介する竹谷につられて肩を竦める。
なんといっても、私はここ――飼育小屋の常連だから、今更お互いに自己紹介という間柄でもない。
それでも一応形式通りにことを進めたいのか、竹谷は一年生四人と孫兵を順に紹介してくれた。

「竹谷先輩、今日もいつも通りでいいんですか?」
「おう。孫兵、悪いけど一年どもの面倒頼む」
「はい」

竹谷と孫兵の短いやり取りを合図に散り散りになっていく一年生と、それを後ろから呼び止めつつ指示をだしている孫兵(虎若と一平は馬の世話、とか孫次郎は三治郎と一緒に兎、鼠の方へなど)を眺めていたら竹谷が移動を促してくる。

名前には犬の方中心に見てもらおうと思ってるけど、今日は一通り回るから」
「毒虫は避けてね」
「わかってるって……お前宝禄火矢なんて持ってきてねぇよな?」
「今日はないけど…なんで?」
「なんでだぁ!?前にぶっ放そうとしたの、忘れたとは言わせねぇ」

声を低くしてジト目で私を見る竹谷に一瞬ひるんだけれど、あれは事故だ。

「私の目の前で虫を逃がすのが悪いんでしょ!?」
「だからって爆発はおかしいだろ!」
「ああああもうやめてよ!思い出しちゃったじゃん!!」

ブワッと飛び出してきた虫の大群はトラウマだ。
ただでさえ虫は苦手なのに、そんなのが大量に出てきて制服にくっついた瞬間――ぷつりと切れてしまった。

それからの記憶は曖昧だけど、竹谷が言うにはひとしきり叫んだあと懐から宝禄火矢を取り出して火をつけようとしていたところを孫兵と一緒に取り押さえたんだとか。

明日は菜園の方がどうのこうの言ってる竹谷に適度に頷きながら、鳥肌の立っている腕をさすった。

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