カラクリピエロ

五年ろ組の某くんによりますと


※第三者(モブ)視点





昼飯前の授業時間、これが座学の場合に限り顔を見せる――そろそろ来るころだろうか――桃色の制服を身にまとい、髪を揺らして堂々と忍たまの教室に入ってくる彼女。苗字さん。
ぼくは、最近彼女のことがすごく気になっている。

「今日はカレーライスかハンバーグ定食だよ不破くん」

彼女はいつもにこにこしながら、入室と同時に昼食のメニューを教えてくれる。
彼女が名指す通り、対象は不破なわけだけど――彼女の声は通りやすいのか、実はろ組の何人か(ぼくも含む)が参考にさせてもらっていたりする。

ありがとう、と返す不破と微笑みあう様子は穏やかで、雰囲気が柔らかい。
あの二人は付き合っているんだと思っているけれど、彼らの関係はそれだけじゃないなと最近思うのだ。

「――毎回毎回こっちまでご苦労なことだな。お前は食堂で“待て”もできないのか」
「毎回じゃないし、苦じゃないもん。っていうか来て欲しくないならはっきり言えばいいでしょ!」
「っ、別にそうは言ってないだろ!」
「……三郎の負けだね」
「ったく…お前らも飽きねぇよな。さっさと飯行こうぜ」

教材を片付けながらでも耳に入るやり取りは、もう恒例行事だ。
毎度鉢屋が言いがかりレベルでつっかかっていって、苗字さんが反論する。それを何往復かするか、不破か竹谷が間に入るかして結局は仲良く食堂へ向かうんだ。

「そうだ、苗字さん。僕はすごく助かってるから、これからもぜひ来てほしいな」
「…! あ、ありがとう不破くん」

嬉しそうに、微かに照れをにじませて笑う苗字さんの後ろで、面白くなさそうに鼻を鳴らしながら頭の後ろで手を組む鉢屋。それを呆れ交じりに宥める竹谷の構図は…なんというか…ぼくからすると、不破と鉢屋と苗字さんの三角関係に見える。

…とは言っても鉢屋のことだから、お気に入りのくのたまをからかって遊んでいるだけなのかもしれないけど。

あのくのたま嫌いの鉢屋が気に入るなんて、彼女はどんなすごい子なんだろう。
まあ他人の色恋沙汰に首突っ込むなんて野暮だとは思うけど、ぼくの好奇心は尋常じゃなく強かった。

+++

「――不破くん」
「あれ。どうしたの?」
「今日の図書当番って誰かな」

目標の声を耳ざとく察知して物陰に隠れる。
そっと覗きこむと苗字さんと不破(彼女の呼びかけが正しければ)がいた。ちょうどいいことに二人きりだ。

「確か…今日は久作だったかな。そろそろ開く時間だと思うよ」
「そっか、ありがとう!」
「待って待って、僕も行くから一緒に行こう?」

大量の本を腕に抱えて駆け出そうとした苗字さんから、さりげなく重そうなものを優先して引き取る不破。
あいつすごいな、と素直に感心したところで、苗字さんが慌ててお礼を言っていた。

「どうもありがとう」
「ふふ、ついでだよ」

なんでもないことのように笑顔で返す不破の行動は、ぼくの心のメモ帳にしっかり書いておこうと思う。
うんうん、と数回頷いたところでハタと気付く。ぼくの目的は二人の関係を確認することだ。

本を運びながらの会話を漏れ聞く感じ、最初こそ苗字さんが本を運んでいる理由(授業の後片付けらしい)だったけど、それ以降はほとんど鉢屋の話題のようだ。

不機嫌そうな雰囲気を撒き散らす苗字さんと、それをどこか楽しそうに受け流す不破はぼくが思っているような――恋人同士という雰囲気とはかけ離れている。
……あてはめるとするなら…兄妹、だろうか。

ううむ、と顎に手をやって図書室に入っていく二人を見送ったところで、ポンと肩に手を置かれた。

びくぅ、と思いきり肩と心臓を跳ねさせて振り返れば、たった今図書室に入って行ったばかりの顔が。
――って、こっちは鉢屋だ!

「お前、」
「ぼくは怪しくない!!」

それだけ言って、脱兎のごとく逃げ出した。怪しくないってなんだ、余計怪しいだろ。
自分でツッコミをいれながら全速力で自室まで逃げ込む。うおお、と一人で悶えていると同室の友人が“またか”と言いたげに溜息をつくのが聞こえた。

+++

さっきは突然のことに少し取り乱したが、気を取り直して調査続行だ。
ぼくの見解では『苗字さんは不破と付き合ってて、鉢屋は苗字さんのことが好き』という構図だったのだが、前半は違う気がしてきた。

ふと気づけば空き教室の並ぶ廊下をだらだら歩いていた。五年の教室が並ぶ廊下ならともかく、こんなひと気のないところに苗字さんが来るわけない。

大きく息を吐いて踵を返したところで小さな物音が聞こえた。誰かいるんだろうか、と何の気なしに覗いてみれば、窓辺の近くで抱き合っている人影が見えてビシッと身体が固まった。

「――……名前

聞こえた名前に驚きながら反射的に身を隠し、気配を消す。
名前、は確か苗字さんの名前だ(竹谷が呼んでたから間違いない)。不破は苗字さんのことを苗字さんと呼んでいたはずだから――いよいよぼくの見解は外れたことになる。
不破ではないみたいだけど、彼女にはやっぱり恋人がいたのか。そうか。

「どうしたの?何かあった?」
「……名前
「なに」
名前
「? 三郎がそうやって呼んでくれるの珍しいね」

――今、なんて言った?

去りかけていた足が止まる。
どくんどくんと大きくなる鼓動を押さえ、壁に寄りかかる。少し、頭の整理をしないと。

三郎っていうと、鉢屋だよな。
そういえば忍たまの声は鉢屋っぽい気がする。

そうか?と答える声を改めて耳にして、鉢屋だ、と納得する。
だけど普段教室で苗字さんに向けるものとは少し違う気がした。棘々しさが全くなくて、どこか嬉しそうにも聞こえて…それは苗字さんの方も一緒だ。

「…ところで三郎」
「なんだ」
「苦しいんだけど」
「……お前はもうちょっと私といちゃいちゃしていたいとか思わないのか」
「い、いちゃいちゃって……別に、私は、その…」

もしかして別人なんじゃないかと思い始めたところで、追い打ちをかけられた。
ふらりと立ち上がって気を落ち着かせるために壁に手をつく。
直後、ガタン、と大きな音がして心臓が竦みあがった。なにごとだ。

「さっ、三郎のばか!!」
「あのな名前、私が自分の恋人に口づけたいと思って何が悪い」
「~~~~っ、」
「見ろ、お前が暴れるから唇が切れた」
「だ、だ、だ、だって、いきなりで、びっくりして…………ごめん。あとで、薬もってくから…それで」
「悪いと思ってるなら――」
「――は!?いやいやいや、無理無理無理」
「…じゃあ妥協してやる」

脳がさっさとこの場から立ち去れと命令してるのに、足が動いてくれない。
楽しそうな鉢屋とは裏腹に、小さく唸り声を上げているのは苗字さんだろう。

「――…き」
「聞こえない」
「ああもう…!わ、私は、鉢屋三郎くんが好きです!大好きです、ムカつくけど!!」
「…一言多いぞ」

うるさい、と悪態をつく苗字さんの声が近付いてくる。
慌てて隣の空き教室に滑り込んで、ばたばた足音を立てて遠ざかっていく苗字さんをやりすごした。
ほっと息をついた直後、隣には人影があってゾッと鳥肌が立った。

「…今日はよく会うな」
「…………」

鉢屋はぼくを見て口元だけで小さく笑う。
笑っているのに、ぼくの冷や汗は止まらない。
同級生だから演習で対立することもあるけれど、それとは全然違う。より強い敵意を感じた。

「聞いていたならわかったと思うが、名前は私の恋人だ。お前が名前に好意を抱くのは勝手だけどな、そのあと相手になるのは私だということを覚えておけ」

びし、と指をつきつけられて、反射的に頷く。
ここで頷いてないで一言『誤解だ』と言えればよかったのに、ぼくは完全に鉢屋の気迫に飲まれていた。

+++

はぁ、と溜息をひとつ。
あれ以来、苗字さんが教室に来るたびに鉢屋の視線を感じる。
ぼくが鉢屋を見返したときにはそんな気配すら感じさせないが、絶対気のせいじゃない。

もうこうなったら苗字さんを利用するようで悪いけど、少し力になってもらおう。
ろ組前の廊下で待機して、彼女を捕まえる。教室じゃないのはいざって時にぼくが逃げ出せるようにだ。

「――苗字さん」
「はい? ええと……」
「ごめん、ぼく鉢屋と同じろ組なんだけど、気になってること聞いてもいいかな。ひとつで済むから」
「? 私で答えられることなら」
「ありがとう!」

渋るどころか快諾してくれた彼女に、感極まって両手を握る。
びくっと跳ねた彼女につられて驚きながら、案外小さい手だなとまじまじと手元を見下ろしてしまった。
直後、ゾッとするような殺気を感じて慌てて手を離す。もちろん、謝ることも忘れない。

「う、うん、大丈夫。それで、私に聞きたいことってなに?」
「ああうん…ぼく、君たちの関係が知りたくて、それで…ほんとに、それだけの理由なんだけど!君をね、付けてたんだ。ごめん」
「うん…?」

きょとんとした顔で曖昧な返事をする苗字さんはいまいちよくわかってないみたいだけど、ぼくがこの言い訳を聞かせたいのはぶっちゃけ彼女じゃない。
それよりも早くここを離脱したくて、まだぱちぱち瞬きをしている苗字さんに質問を重ねた。

苗字さんは、鉢屋の彼女なんだよね?」
「え!?あ、あの、」

ぶわっと一気に赤くなってあわあわしている彼女に驚く。
赤い顔でぎゅう、と胸元を握って言い淀んでいた彼女は、か細い声で「うん」と頷いた。

それを聞いてほっと胸をなでおろす。
いや、別に違う答えが返ってくるとは思ってなかったけど、妙に緊張してしまった。

お礼を言って、手を振る。ろ組の教室に入りながら律儀に振り返してきた彼女にちょっと笑っていたら、また真横に不穏な雰囲気をまとった人影。
気配を消して近づかないでほしいものだ。

「…鉢屋も聞いてたよな」
「まあな。諦めたのか?」
「というか、最初からそういうんじゃないから」
「…………わかった」

本当に納得してくれたのかよくわからないが、鉢屋は小さく息を吐いて教室へ戻っていく。
いつものやり取りを聞きながら、鉢屋の教室での態度は照れ隠しなんだろうかと思いつつ、気晴らしに出かけようと気持ちを切り替えることにした。






「おい名前
「いったぁ!?普通に呼んでよ!髪抜けちゃうでしょ!?」
「そんなに強く引いてないだろ。外行くぞ」
「は…?どうしたのいきなり、お昼は?」
「外で食べる。いいからほら準備しろ、私が美味い店に案内してやるから」
「う、うん!」

「三郎のやつ機嫌いいな」
「邪魔者排除できて苗字さんの可愛いところ見られたんだから当然じゃないかな」
「あー…あいつなぁ、ちょっと気の毒だったよな」

「雷蔵、八、お前たちも早くしろ!」
「ん?ついてっていいのかよ、俺ら邪魔じゃねぇ?」
「あ、馬鹿」
「ははっ、余計な気を回すな八左ヱ門」
「ってぇ~~、脇腹入ったっての…!!」

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