カラクリピエロ

どうぞ、そのまま


“三郎なら書庫の裏あたりで昼寝中じゃない?”

――という勘右衛門からの情報を頼りに足を運んだら、本当にいた。
ぐるっと回り込まないと見えない位置ではあるけど、木陰になってる芝生の上。腕を枕に横になっている姿は無防備で、警戒心の欠片もない。

「……なんか、やな感じ……」
「…………いきなり文句か?」

寝ていると思ってたから、返ってきた声にびっくりした。
三郎はあくびをしながら上体を起こし、小さい動作で私を手招く。
誘われるまま座ったら、何故か呆れたような顔をして溜息までこぼした。
ムッとして文句でもあるのかと聞き返そうとした直後、いきなり腕を引かれた。

「っ、なにす…ぶっ!?」

前のめりになってそのまま三郎の胸に顔をぶつける。
鼻を押さえながら『強く引きすぎ』と抗議しようと思ったのに、いつの間にか私は三郎に寄りかかる形で座らされてて、それどころじゃなくなった。

顔は近すぎて見えないというか、軽く私の頭に乗ってる状態だから、自分の顔も見られなくて済むのはいい。だけど、その分心臓の音が近い。

(でも、これ、私のかも…)

トクトク普段よりも速いペースで動く心臓を押さえる。
気付かれないように深呼吸しながら、腰に回ってる三郎の手がやけにあったかいなと思った。

「――…で?」
「え!?」
「なにが『やな感じー』なんだ」
「そ、そんな嫌味っぽい言い方してないでしょ」

ほとんど無意識だったからよく思い出せないけど…してない、はず。
どこを見たらいいのかわからなくて、意味もなく髪の毛の先をいじる。
すると腰にあった手が動いて、今度は肩に腕が乗った。

「まさか私が昼寝をしていたことに対して、なんて言い出さないだろうな」

余計に密着したようで落ち着かない私をよそに、三郎は不満そうに言いながら私の手から髪を引きぬいてしまった。

「……腕、重いんだけど」
「鍛えられていいだろ」
「必要ないでしょ!」

くく、と三郎がのどで笑うのが耳の傍で聞こえる。
それにドキッとして思わず緊張してしまう。すると、いきなり肩に置かれた腕に力が入って、耳の辺りに口付けられた――気がした。

触れたのかどうかわからない。
なのに音だけははっきり聞かせるなんて、絶対私をからかって遊んでる。

「っ、三郎」
「お前が邪魔をするからだ」
「眠いなら眠いってはっきり言ってくれれば、」
「それは面白くない」

面白くなくていいのに!
なのに…、苦しいくらい抱き締められて、文句が言えなくなってしまった。

「三郎は…ずるい、卑怯」
「なんだ?私が好きすぎて困るって?」
「~~~~!!」

言い返す代わりに額を三郎の肩に強く押し付ける。
三郎は反射のように「いて」と口にしたあと含み笑いを引っ込めて、少し距離をあけた。
今はあまり顔を見られたくないんだけど、両肩をつかまれている現状では、俯くくらいしか抵抗手段がないのが悔しい。

「…………、はー…」
「三郎それやめてよ、溜息」
「お前が悪い」
「? どういう意味?」

素直に答えてくれないだろうなと思ったけど、やっぱり気になるから聞いてみた。
ただでさえ(私からしたら)わかりにくいのに、私の両肩に手を置いたまま俯いてしまった三郎は表情が見えなくて、余計に難易度が上がってる。
せめてちょっとだけでもと覗き込もうとしたら、それより先に三郎がこっちに背中を向けて横になってしまった。

――私の膝に頭を乗せた状態で。

「…名前
「な、なに」

なにがどうしてこうなっているのか。
いっぱいいっぱいになりながら続きを待つ。
間を空ける三郎がブチブチ芝生をちぎるから、そこだけ土が見えて可哀想な感じになっていた。

「――え?ごめん、よく聞こえな」
「だから!ここに来た理由だ」

なんでちょっとキレ気味なの。
私はまだまだ三郎についてわからないことが多すぎると実感して、三郎を発見したときのモヤモヤしたものが胸にくすぶった。

「……三郎に会いに委員会行ったら、勘右衛門がここじゃないかって…」
「――、それでどうして文句がでる」
「…………居て欲しくなかったから」

別に勘右衛門を出し抜きたいって思ってたわけじゃない。
だけど私はここが三郎の昼寝場所だなんて知らなかったし、昼寝をしてることすら思いつかなかった。それが、なんだか悔しかっただけ。

「…馬鹿だなお前は」
「勘右衛門にも言われた」

これからだよ、って笑いながら慰めてくれたし、自分でもわかってる。
だからって私はそんなに器用に割り切れないんだから、そうやって追い打ちをかけないでほしい。

「私は寝るぞ」
「このまま!?」

三郎はごろりと寝返りを打って仰向けになると、返事の代わりのように笑って見せた。
それがいつになく優しくて心臓が跳ねる。

「い…悪戯、するからね」
「は、例えば?」
「…………この変装取っちゃうから」

三郎は無理に解かされるのを嫌がる。
これなら退いてくれるだろうと思ったのに、三郎は「つまらん」と呟いて目を閉じてしまった。本当に寝る気だ。

「私にはできないって思ってるでしょ」

本気だと証明しようと三郎の顔に触れる。
ゆっくり目が開いてじっと私を見たかと思えば、くつりと喉で笑われた。

「思ってるさ」
「わ、私だってね、」
「お前は私が嫌がるようなことはしない」

――なにそれ。
なんで、そんなにはっきり言いきっちゃうの。
しかも…どうして私はそれが“嬉しい”なんて思ってるんだろう。

なんだか無性に悔しくなって、のんきにあくびをする三郎の鼻をぎゅっとつまんでやった。

「っ、おい、なにす――ん!?」

私は僅かに目を見開いて固まる三郎を強引に膝から落とし、その場から逃げ出した。

だいぶ書庫が遠ざかったところで立ち止まり、息を整える。

「…ちょっと、すっきりした」

さっきの三郎の顔を思い出して、いい気味だと思いながらぐいっと唇を拭った。






「…………」
「あれ、名前いないじゃん…どうした三郎、吐きそう?」
「なんでそうなる」
「口押さえて蹲ってればそう見えてもしかたないだろ。で、名前は来なかったの?」
「…私に悪戯して逃げた」
「…………ふーん…へぇー……なーんかおれ無駄に憎まれ役にされたって感じ」
「自分から買ってでてるくせに」
「だって名前可愛いんだもん」
「…………ふん」
「こういう三郎が見られるのも面白いしね」
(…こいつ…)

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