カラクリピエロ

久々知兵助の行動


※久々知視点





やけに静まり返っている医務室前、俺は入っていいものか少しの間逡巡し、控えめに入室の挨拶をした。
返ってくる声はなく、そっと戸を開く。
見れば、布団が一組用意されているだけで他に起きている人の姿はない。

「…失礼します」

なんとなく断ってから足を踏み入れ、布団の横に座る。
苗字は俺の気配に気づくことなく、すぅすぅと寝息を漏らしていた。
こうして寝ているということは、ちゃんと治療を受けられたんだろう。よかった。

不躾なほど苗字の寝顔を見ていたら、落とし穴の中での出来事を思い出した。

『――あの、私、好きです!』

涙目の真っ赤な顔に挙動不審な動き、しまいには穴の隅で縮こまってしまった苗字はカラクリ仕掛けの玩具を連想させた。

――本気でとってもいいんだろうか。

長年くのたまからは小さな物から大きな物まで様々な悪戯をしかけられ、トラウマになっている部分もあるが(特に料理は危ない)そういうときに見る表情や行動ではなかったのが気になっている。
けれど、本気で言ってくれたんだとしても、上手く返事が思い浮かんで来てくれない。

苗字のことは知っていた。
本人に告げた理由――上級生のくのたまが少ないことは、彼女を知った経緯とは少し違っていたが。

苗字名前の名前と姿が一致しているのは八左ヱ門からの刷り込みによる部分が大きかった。
あまり話をしたこともないし、八を捜すついでに飼育小屋の近くで見かける程度。
だから好きか嫌いかを聞かれても、わからないとしか返せない。
しいていうなら……“もっと知りたい相手”だろうか。

「……あいつらに相談してみるか……」

思わず口にすると、苗字がぴくりと動いてむにゃむにゃ何かを呟いた。
起こしたかと思ったが、そうではないらしい。
ほっと息をついて、見舞いにと採ってきた花――七松先輩を追った帰りに摘んだもの――をその辺にあった陶器にいれ、枕元に置いてから退室した。


夕食の良い匂いがする。
塹壕に落とされたり裏裏山まで行ったりその足で医務室に寄ったりしていたから、皆よりも少し遅れて食堂に到着した。
人はもう大分まばらで、そんななか藤色の制服が固まっているのはやけに目立っていた。

「遅かったね兵助」

雷蔵が湯のみに茶を注いでくれたのに礼を言って、「ちょっとな」と返した。
食べ始めの俺とは逆に皆の皿は大体が空になっている。
大方茶でも飲みながらゆっくりしていくつもりだろう。都合がいい。

「俺、今日くのたまに告白された」

相談するにはまず何があったかを言わないと始まらない。
そう思って切り出すと、友人たちは一様に動きを止めて目を丸くした。

(うん、やっぱりそうなるよな)
「いやいや、なに平然と飯食ってんだよ!もっと色々あるだろ!?」
「へ~、やるなぁ兵助。なんて言われた?」

比較的早く硬直から戻ってきた八左ヱ門と勘右衛門が身を乗り出して聞いてくる。
同じ顔で固まった雷蔵と三郎はまだ動けないようだ。

「なんてって……普通に、“好きです”って」
「で、ど、どう返した!?」
「まぁ落ち着きなよ八。ほら、お茶でも飲んで」
「……返事はしてない」

俺の答えに「は?」と同じ音が重なる。
矢継ぎ早に理由を聞いてくるのに困惑しつつも、塹壕に落ちてからのことを説明することにした。

「――で、そのまま七松先輩が連れていったから」
「兵助、くのたまに嵌められてるんじゃないか?」

話の途中で三郎が箸でこっちを指しながら言う。
隣から雷蔵が「行儀悪い」と嗜めたが、聞こえていないのか気にしていないのか、そっちを見もせず先を続けた。

「単なる悪戯かもしれないぞ」
「…俺も考えたけど、それなら怪我するか?」
「仮病」
「それはないと思う」
「じゃあドジ。不運。不慮の事故」
「先輩が出てきてるのはどう説明する?」
「――実は六年生とペアで行う課題である。もしくはそのくのたまが先輩方を利用している。または単に面白そうだから先輩が首を突っ込んでいる」

一つずつ指を立てながら三郎が挙げた理由は可能性としてはありだ。
黙った俺に満足したのか三郎はうんうんと頷いたけれど、俺はそれを払うように軽く首を振った。

「それでも、何も返事をしないのは俺がすっきりしない」
「なんて返す気だ?」
「……考え中。それを相談しようと思ったのに三郎が遮ったんだろ」
「くのたまからの告白だなんて怪しすぎると思ったからだ」
「ならさー直接聞いちゃえば?」

勘右衛門は俺と三郎の会話に割り込むように言うと、ズズッと音を立てて茶を飲んでからにっこり笑った。

「兵助と三郎が言い合ったところで結論なんて出ないんだし、時間の無駄だよ」
「私は聞かなくても十分だと思う!」
「……三郎はどうしてそんなに警戒してるの?」
「雷蔵はくのたまたちから受けた数々の悪戯を忘れたのか!?」
「うーん…でもそれ君が言ってもなぁ……それに最近は僕たちも対処を覚えてきてるから、そんなに酷いことされてないしね」
「八はどうだ!?」
「いきなり振るなよ。つーか単純に羨ましいっつーの!」
「裏切り者!」
「どうしてそうなる!」

三郎の相手は『ろ組』が引き受けてくれたようなので、俺は夕食を進めることにした。
勘右衛門はこっちをみて考える仕草をしたかと思えば、僅かに声を抑えて俺の名を呼ぶ。

「おれ、さっきは“聞いちゃえば”って軽く言ったけど、聞くなら覚悟しといたほうがいいかも」
「…どういう意味だ?」
「本当に兵助のことが好きで告白したのに『課題ですか』なんて聞かれたらさ、ものすごく怒るか泣くかじゃないかなーって」
「…………」
「考えてなかった?」

正直に頷くと勘右衛門は困ったように笑う。
その表情のまま何か言おうとした勘右衛門にかぶせて三郎が口を挟んできた。

「兵助、私に任せろ」
「あ?」
「三郎、今おれが話してるんだけど」
「兵助がくのたまの毒牙にかかる前になんとかしなければ」

こいつはなぜいきなり使命感に燃えているんだろう。
勘右衛門と揃って『ろ組』二人を見ると、八左ヱ門はさっと目を逸らし雷蔵は頭を掻いて「あはは」と笑った。

「いつの間にか低学年頃の話になってさ…トラウマを刺激しちゃったみたい?」

いきなり俺の姿に変装した三郎には嫌な予感しかしない。
そのまま「今から行こう」と言い出す三郎を四人がかりで宥め、余計なことはするなと釘を刺した。

今夜は雷蔵に三郎を見張っててもらおうと思う。
雷蔵は「僕だけじゃ無理だよ」と言い出したので八にも頼んだ(押し付けたとも言う)。

「兵助、さっき言いかけたことだけど」
「うん」
「兵助が思ったとおり伝えていいんじゃないかなって。ま、三郎の心配したとおりだったらおれたちが慰めてあげるからさ」

へらっと笑う勘右衛門に笑い返しながら長屋の廊下を歩く。
医務室のほうへ目をやって、明日は起きている時間帯に見舞いに行こうと思った。

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