カラクリピエロ

作法委員の暴走(2)



「…喜八郎…汚い、離れて。せめて泥落として」

私の背中に寄りかかって体重をかけてくる喜八郎は泥だらけのまま。
確実に私にもついただろうなと思いながら注意する。
喜八郎は無言で手ぬぐいを取り出して顔と手を拭き始めた。確かにそこもだけど、私の背中と髪は無視ですか。

「はぁ……立花先輩、これでどうですか…というか、もう帰っていいですかね」

何度目のやり直しになるのか。
首化粧を見てもらう筈の相手は今、生首ではなく伝七と兵太夫が広げていたカラクリの設計図に夢中だった。
もうすぐ委員会の時間も終わるし、やることがないなら食堂に寄って部屋に帰りたい。

部屋でゆっくり今後のことを考えたいと思った。
相手に“私”を認識してもらうにはまず接触する必要があるのに、私は基本的に委員会で関わりのある忍たまとしか交流を持っていないので、五年のあの人とはその機会があまりないことに気づいたからだ。

「喜べ名前、私たちがお前に協力してやろう!」

私の溜息を遮るように立花先輩が言う。
立ち上がり、髪をさらりと流す動作は必須なんだろうか。

「…なんですか藪から棒に」
「ふふん、お前好いた相手がいるんだろう?私はお前に幸せになって欲しいんだ」
「ありがとうございます、そう言っていただけるのは嬉しいですが嫌な予感しかしないのでお断りします」
「却下だ」
「なんでですか!…って、ちょ、首締まっ……喜八郎…!」

立花先輩に抗議している途中で、喜八郎(くっつかれているのを忘れていた)が身体を反転させて首にぶら下がるものだから、見事に私の首は彼の腕に絞められる。
慌てた藤内が駆け寄ってきて、ダラーっと伸びきった喜八郎の身体を持ち上げながら外してくれた。

「ッ…はっ…あ、りがとう、藤内…死ぬかと…げほ、げほっ」
「み、水飲みますか?」
「で、だ。喜八郎の掘った塹壕を基に兵太夫と伝七の罠を設置する。丁度いい位置関係で組まれたそれらを使い――」

ああ、藤内が天使に見える。
懐から水の入っているらしい竹筒を取り出して渡してくれる藤内にもう一度礼を言って、ありがたくいただいた。

当事者であるはずの私を無視して話を進めていく立花先輩は自分が楽しみたいだけだろう、絶対。
そんな先輩を恨みがましく見ていると、喜八郎が私の横に正座して真っ直ぐ見つめてきた。

名前先輩、好きな人いるんですか?」
「…………え!?いや、その」
「聞いているのか名前!穴に落ちた相手をお前が助けるんだ、わかったか?」
「四年ですか、五年ですか、六年ですか?それとも大穴で下級生でしょうか」
「それは、」
「何、まさか下級生なのか!?いくらなんでもお前…」
「ああもう、いいじゃないですか誰でも!協力はしていただかなくて結構です、お気持ちだけ頂いておきます」

勢いがつきすぎて肩で息をする私を“やれやれ”とでも言いたげな態度で見る立花先輩。
そのままチラと一年生二人に視線をやったかと思えば、伝七と兵太夫は「任せてください」「苗字先輩、待っててくださいね!」と張り切って出て行ってしまった。

「さて、名前。楽しい尋問の時間だ」

――冗談じゃない!
咄嗟に立ち上がって作法室の戸に手をかける。
逃げようと踏み出した足を飛んできた縄が絡め捕り、派手に転倒――思い切り鼻をぶつけてしまった。

「へんぱい!ひどいじゃないれすか!!」
「お前は全くもって残念な……まぁダメな子ほど可愛いと言うしな」
「乙女にこんな対応する立花先輩の方が残念です!」

足に絡んだ縄によってずるずる引きずられながら作法室内へ逆戻り。
指示を出された藤内が「すみません先輩」と言いながらもテキパキ後ろ手に縄をかけてくる行動にショックが隠せない。
“乙女”に反応して鼻で笑った先輩なんてもうどうでもいいくらいにショックだ。

「とーない…まさかの…」
「ごめんなさいごめんなさい!あとで必ずお詫びしますから…!」
「藤内、もっとちゃんと縛らないと。あとこれくノ一の技だから気をつけて」
「何言ってんの喜八郎!!違う、違うからね藤内!私これほんとにざんねんだから!」

動揺のせいか微妙に口が回っていない。
縄抜けを試みたけれど、喜八郎はそれができないように しころ を取り上げた上で厳重に縛ってくれちゃったらしい……まったく憎らしい。

縄の先を握った藤内は「作兵衛はこんな気持ちなのかな」とブツブツ言っていた。
…そんな気持ち藤内には知らないままでいてほしかった。

「――では相手の名を聞こうか」
「言いません」
「可愛い後輩が、お前のために、頑張っているのにか?」

それを言われるととても弱い。先輩先輩と慕ってくっついてくるあの二人は癒しだ。オアシスだ。
これがきっかけで嫌われることはないだろうけど、きっとがっかりさせてしまう。
その姿を想像するとものすごく苦しい……でもごめん。私は私の身が可愛い。

「…言いません」
「つれない先輩だな名前
「立花先輩にだけは言われたくないんですけど…」
「ところで、秘密を吐かせるには弱点を攻めるのが有効だ」

ガラリと話題を変えてくる先輩に不安が煽られる。内容が不穏すぎる。
女に傷をつける趣味はないから精神的苦痛がどうのこうの。既に十分すぎるほど精神的苦痛を受けてますが。

(――もう尋問じゃなくて拷問ですよね)
名前、お前は『色』の試験項目が毎度赤判定らしいな」
「…は?え?そう、ですけど…って何言わせるんですか藤内もいるのに!」

藤内は作法の良心だ、私が守る!
いまいちわかっていないらしく首を傾げる藤内に少し安心する。忍たまでも色の授業は上級生になってからのようだ。
…もしやこれも情報を引き出す手段のひとつなんだろうか。

またも唐突に変わった話題に身構えるものの、立花先輩は私よりもずっと上手だった。

「つい先日山本シナ先生に相談されてな、私直々に教えてやろうかと」
「なぁ!?」

確かにシナ先生は試験のたびに溜息をつきながらも追試に付き合ってくれるけど、入学理由が“行儀見習い”であれば仕方ないと少し大目に見てくれていたのに。
五年からはそれが通用しないんだろうか。

(でも、だからって!よりによって立花先輩に!?)
「まぁ…名前の言う通り藤内はまだ習わない範囲だな…悪いが一年生を手伝ってきてくれるか?」
「あ、はい。わかりました…では綾部先輩こちらを」
「ん」

私がごちゃごちゃ考えている間に、藤内の手から喜八郎に縄が渡――ちょっとまった。

「藤内いっちゃうの!?」
「なんだ、見せたいのか」
「そんなわけないでしょう!」

先輩に反射的に返すも、無情にも閉じた扉の向こうで足音が遠ざかっていった。

私を助けてくれそうな唯一の人材が居なくなってしまった。
呆然とする私に構うことなく立花先輩は私の頭巾を外し、髪を解く。
唇の端を上げ、妖艶に笑う立花先輩に頬をなでられたあたりでようやく息を吸った。
無意識に止めていたらしい。

「――せっ、先輩、近いです!」
「近づいているんだから当然だろう。さて。快楽は情報を引き出すのに効果が高い。苦痛と快楽を組み合わせると尚良いな」

授業のような語り口調だけどそんなことはどうでもいい。私の脳内は絶賛阿鼻叫喚状態だ。

――なのに、硬直して動けない。

(~~~~~~っっ!!!!!)

相当必死だった私は、顎を掬い取って更に近づいてきた立花先輩に、

思いっきり。

頭突きをくらわせてしまった。

「おや、まぁ」

喜八郎の声がやけによく聞こえた。
目の前には蹲る立花先輩。よし、よくやった私。

「せ、先輩は兄で私は妹で喜八郎は弟ですよね、先輩もそう言いましたよね!家族万歳!たしかに色は苦手かもですけど苦手でいいんですよ忍の三禁とか言うし、追試最高じゃないですか!」

自分でもわけのわからないことを並べ立て、なんとかこの場を凌ごうとしたのに、今度は喜八郎が後ろから抱き締めるようにして密着してくる。
喜八郎は普段からくっついてくることが多いけど、雰囲気がいつもとは違う気がした。

「僕は弟なんて思われるの心外ですが」
「そんなこと言われたら私泣くよ!?」
「どうぞ好きなだけ泣いてください」

言われるまでもなく既に涙目だ。
髪に顔を埋められたのがわかり、ヒッと小さく悲鳴を上げてしまった。

「せ、せんぱい、いいます!言いますから!喜八郎をどけてくださいいぃぃぃ!!!」

私の必死な訴えを聞いてくれたのか、頭突きの衝撃で顔を抑えていた立花先輩がようやく顔を上げた。

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.