カラクリピエロ

あなたじゃなきゃ嫌なんです(3)


※夢主視点





勢いで逃げ出したはいいけれど、行き先なんて決めてなかったからフラフラと適当な場所をうろつく。
チクチクと私の胸を苛む痛みは弱いのに、無視できない。痛むたびに私の思考は悪い方へと傾いて、嫌なことを囁いてくる。

――三郎は、本当に私のこと好き?
――想いが通じあったなんて、私の勘違いじゃないの?
――勝手に期待して勝手に傷つくのは何度目?

(…私、欲張りになった)

特別だって言ってもらっただけで満足してたのに、今では気づいてほしい、優しくしてほしい、好かれている実感がほしい……少しでもいいから。

溜め息を吐いて目についた木の幹に寄り掛かる。
そのままずるずる座りこんで、浮いていた涙を手で擦った。

「――泣いてるの?」

突然かけられた声に驚いて肩が跳ねる。振り返れば膝に手をついて屈んでいた忍たま五年生が目を丸くした。
はい、と差し出された手ぬぐいを反射で受け取ってしまってから、慌てて返す。

「大丈夫、ちゃんと綺麗だよ?」
「な…泣いてない、から…」

見られていた恥ずかしさで顔が熱くなる。
咄嗟に目を逸らしながら手ぬぐいを押しつければ、彼は私の隣に腰を降ろして、手ぬぐいじゃなく私の手を掴んできた。
距離を取るために無意識に取り出した苦無ごと地面に押さえこまれる。背中に当たる草の感触と土の匂い。危ないなぁ、と苦笑しながら漏らされた声を聞きながら、湧き上がる恐怖心を知られないように相手を睨みつけた。

「そう怖い顔しないで。乱暴したくないんだ」
「…これは、乱暴じゃないの?」
「君が先に武器を出したんだから正当防衛。でしょ?」

パッと私から苦無を取り上げて、ついでとばかりに引き起こされる。
警戒したままじりじり距離を開けていたら唐突に名を呼ばれた。

「どうして、名前…」

聞けば、彼はどこか楽しそうに、私がいかに目立っているかということを笑顔で話しだした。
忍たまに交じる くのたまなのはもちろん、三郎たちとよく一緒にいることも一因らしい。

「だから五年は…特に『ろ組』のやつなら苗字さんのこと知ってると思うよ。オレもその一人だし」
「そう…」
「知らなかったよね」
「うん」
苗字さん周りに興味ないっていうか…鉢屋ばっかり見てるからなぁ」

五年ろ組の忍たまらしい彼は立ち上がりながら伸びをして、私の苦無を放り投げては受け止めるのを繰り返す。
私は周りへのだだ漏れっぷりを突き付けられたことが落ち着かず、さっさとこの場から離れたい。だけど取られたままの苦無を返してもらわないとという意識が働いて、相手に向かって踏み出しながら手のひらを向けた。

「あの!それ…私の、」
「……どうぞ?」

彼は苦無の端に空いてる穴に指を通したまま、にこやかに私を見る。変に焦らされなかったのはいいけど、もう少し近づかないと受け取れない。でも、なんとなく…これ以上は近づきたくない。
くすくす聞こえた笑い声に顔を上げれば、苦笑しながら「何もしないよ」と告げられる。
さっさと受け取って離れてしまおうと一度深呼吸して一気に距離を詰めた。

「――苗字さんは、素直で可愛いね」
「!? 離、して!」

ぎゅっと手首を掴まれて、腰に手を回される。
目一杯力を込めて腕を突っぱねたのにびくともしない。

「ちょっと!」
「…オレにしない?」
「何を言ってるのかわからない!」
「オレ、苗字さんが好きだよ。鉢屋じゃなくて、オレを見てよ。苗字さんだってずっと報われない片想いなんて辛いでしょ?」

頭が真っ白で、何を言われているのか本気でわからなかった。
私は三郎が好きで、勢いとはいえ告白して、応えて、もらった。

「…片想い、じゃ、ない……」
「え?嘘だ、それなら鉢屋も君が好きってこと?あの態度で?」
「……めて……」
「こんなこと言いたくないけどさ、苗字さんからかわれてるんじゃないの。鉢屋ってくのたま嫌いだし、苗字さんの気持ち利用して――」
「やめて!!」

思いっきり相手を突き飛ばして距離を開ける。ドクドクうるさい心臓と勝手に震える手。
両方を押さえるために両手を抱き込んで、乱れる呼吸を整える。

「わたしは……私は、三郎が好きだから、」
「…鉢屋にも好きって言われた?優しくしてもらってる?ねえ、苗字さん…どうしてそんなに泣きそうな顔してるの?」

私が思い浮かべた不安を真っ向から突き付けられて胸が痛い。
――三郎だって私を想ってくれてる。
そう断言したいのに、彼の問いかけにすら…答えられない。

耳を塞ぐ私に影を落とす彼がゆるく腕を回してくる。今、傍にいてほしいのはこの人じゃないのに――

「……ごめん」
「離、して。触らな…で」
「うん…今日は引くよ。でも諦めない。まだ付け入る隙、ありそうだし――これはオレが持っててもいいよね?」

すっと離れながら彼は私の苦無に口づけてそれを懐にしまう。
もういらない。返してもらわなくていい。
震える唇からは音が出ず、それは伝えられないまま私はその場に残された。

自分の部屋まで戻る力が出なくて、木の陰にうずくまる。
ぼろぼろ出てくる涙を膝に押し付けながら、勝手に漏れる嗚咽を殺した。

「――名前

聞きたかった声が耳に入ってビクリと肩が跳ねる。
隣に腰を降ろした三郎は無言で、なんだか無性に怖かった。

「さぶ、ろ……」
「……お前も案外まんざらでもないんじゃないか」
「…え?」
「仲良さそうに抱き合って、逢引の約束でもしたのか?」
「何…なに、言ってるの…?」

わからない。
三郎の言っていることが、まるで理解できない。

からかうような調子で紡ぎだされる声が、まるで外国の言葉のように聞こえた。

押し寄せる不安と、一向に引かない胸の痛み。
弱かったそれがいつの間にかズキズキと刺すようなものに変わっているのを感じながら、胸元を握る。

「……三郎…私のこと、好き?」
「――……、」
「三郎の特別、わたし、勘違いしちゃってた?」

声が掠れて震えてしまう。
問いかけても三郎は私の方を見てくれなくて――…沈黙に、耐えられなかった。

「…………こんな…なら、」

言わなければよかった。
ずっと片想いのままでいれば…勘違いしてしまうことも、期待してしまうこともなかったのに。

一刻も早く部屋に戻りたくて立ち上がる。
うまく力が入らなくてふらついたけど、これ以上ここにいたくなかった。
三郎が何か言ってるけれど、上手く聞き取れない。

変な質問してごめんなさい。

それくらいは言いたかったけど、口を開いたらまた泣いてしまいそうで、出来なかった。

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