カラクリピエロ

わたしの恋を試してみないか(4)


※尾浜視点





苗字さん、またあしたね」
「うん、また」

いつもよりも早く退室していく名前が手を振る。
どこか力の入ってないそれを見送りながら、なんとなく明日はこっちに来ないんじゃないかと思った。

三郎が見せた(わかりづらい)嫉妬から、これからどうなっていくんだろうって楽観視してたけど、おれは名前のことを全然考慮してなかった。
例えば、三郎の天邪鬼な言動で名前が傷つく可能性なんかを。

八左ヱ門によれば、名前は三郎が好きだと発覚したものの、それを内緒にしてほしいと頼んだらしい。雑な説明で終わったので、あとで兵助と雷蔵に詳細を聞き直そうと思う。
内緒って言われたくせに早々におれに話してる辺りはこの際気にしない。

ともかく、そんな“意識するな”ってのが無理な状況で、三郎のひねくれた言葉は相当キツイよね。
おれの場合は“つまりこういうことか”ってわかるけど、名前は言われたことをそのまま受け止めるから。自分は結構裏に潜ませて喋ることがあるくせに、相手のを読むのは苦手らしい。
……三郎はそこが気に入ってるみたいだけどさ。

名前
「ん?どうしたの勘右衛門」
「送るよ」

ほとんど退室しかかっていた名前を呼び止めて言うと、名前は何度もまばたきをして僅かに眉を寄せ、「どうしたの?」と改めて心底不思議そうに聞いてきた。

「いいじゃん。たまにはおれとデートしよ?」
「で、でえと!?」

…驚きすぎ。
名前だけじゃなくて八と雷蔵までハモってたし。
兵助も驚いているのかなんなのか、「逢引とも言うな」とわかりきったことを口にした。

「別に送り狼になろうなんて思ってないから。ほら、行こ」
「ちょ、ちょっと、勘右衛門!」

名前を追い越しながら手を取って強引に連れ出す。
おれじゃなくて部屋の方に視線をやる名前を見て、軽く吹き出してしまった。

「な、なに?」
名前は正直だなーって」
「単純て言いたいんでしょ、わかりやすいっていつも――」
「いつも、誰に言われるの?」

ぐっと言葉を詰まらせて視線を泳がせた名前は不満そう眉根を寄せる。
からかうつもりはなかったのに、返ってくる反応が素直で可愛い。
これは三郎も楽しいだろうなと思った。

「それより、なんでいきなり…デート、とか…」
「危機感を煽ってみようかなと思ってさ」
「は?」
「たまには素直になるのも大事ってこと」
「…………」

今のは名前のことじゃなかったんだけど、彼女にも思うところがあるらしい。
困ったように笑いながら「難しいね」と呟いて、名前は溜息をついた。

「…三郎ってさ、くのたま嫌いだよね」
「はは…まあ、好きとは言いづらいかもね。あいつ何かあるとおれたちの分まで怒ったりするからさ」
「…………勘右衛門は、嫌いな人から好きって言われたらどう思う?」

…………あれ?
なんか、変だ。
おれは“くのたま”を学園のくくりで…団体的な意味として答えたけど、名前は自分自身に置き換えてる?

「ちょ、ちょっと待って名前!」
「うぜぇ、って思うかな、やっぱり…」
「なんで“うぜぇ”…じゃなくて!そうじゃなくて、名前は違うから、くのたまじゃないから!」
「わ、私、これでもくのたまだよ!」
「うん、そうだったねごめん。でも違うんだって」

慌てて否定しようとしたのがまずかったのか泥沼だ。
なんだか名前は泣き出しそうだし、これはおれが泣かせたってことになるよね!?

名前、ごめん。おれが悪かったから、泣くのは待って」
「な、泣いてな…ッ、」
「わああごめん!」

指摘したのがまずかったらしい。
ボロッとこぼれた涙に焦りながら手を伸ばしてそれを拭おうとしたら、ザッと音を立てて足元に苦無が刺さった。

「遅いよ三郎!」
「…………、どういうことだ」

振り向きざまに呼ぶと、ピリピリした空気を纏っていた三郎が訝しげに眉をひそめながら寄ってきた。
問いかけを無視して名前の手を取り、少し屈む。

呆然と三郎を見ていた名前がこっちに視線を移すの待って、ゆっくり言い聞かせるように言葉を区切った。

名前、おれたちはね、名前のこと特別だって思ってる」
「……」
「くのたまじゃなくて、名前として…別枠っていったほうがわかりやすいかな。これは、三郎も一緒。わかる?」

おれの言うことを黙って聞いていた名前は、確かめるように三郎を見た。
小さく開かれた名前の唇が震える。
音が紡がれる前に閉じられてきゅっと引き結ばれるそれに、励ます意味を込めて手を握った。

「――…おい勘右衛門、私はお前を殴っていいのか?」
「おれより名前に答えるのが先じゃないの」

三郎はおれの手元を不満そうに見ながら一つ息をついて、観念したように名前に向き直った。

「…何が聞きたいんだ」
「聞いたら、正直に、答えてくれる?」

三郎は一度居心地悪そうに視線を逃がした後、黙って頷いた。
それを確認して、おれは名前の手をそっと離した。

気配を消してその場から移動する。
こんなはずじゃなかったんだけど……結果的にはよかったんだろうか。

(…………あとで怒られそう)

溜息混じりに部屋の戸をくぐったら、いきなり三人に詰め寄られて驚く。

――まずはこっちか。

もう一度溜息をついたおれは自棄気味になりながら、部屋の中心に腰を下ろした。

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