カラクリピエロ

わたしの恋を試してみないか(1)


※不破視点





――Q.傍から見て、二人ってどんな感じ?

「そうだなぁ…きゃんきゃん吠え立てる犬と、それをのらりくらりかわす猫かな」
「……八左ヱ門、動物で例えるのやめてくれない?」

八左ヱ門は明るく「見てて飽きねぇよ」と笑いながら、虫かごの修理を再開させる。
作業の片手間に答えてくれるのはいいんだけど、僕が聞きたかった線とはちょっとずれていた。

「なんだ、あいつら何かあったのか?」
「うーん……」

“あいつら”っていうか、“あいつ”っていうか……言っていいのかな……でも八だしなぁ。

そんなことを考えながら曖昧な返事をしたら、僕の迷いを目ざとく察知した八左ヱ門は作業の手を止めてしまった。

名前か」
「なんで?」
「いや、なんとなく。雷蔵が渋るような話題持ってそうなのはどっちかっつーと名前かなって」

まさか僕の反応から推察されちゃうなんて。
と、思ってはみたものの、考えてみれば当たり前だ、伊達に五年もつるんでない。
だからといってあっさり情報を漏らすわけにもいかない。

「…八はさ、苗字さんから相談受けたことある?」
「ん~、エサの種類とか習性とか、その辺は聞かれるな。やっぱ俺のが詳しいし」
「いや…うん、そっか。ごめん、聞かなかったことにして」
「なんだそりゃ」

教えてくれよ、と詰め寄ってくる八左ヱ門から視線を逸らし、話題を変えるべく今日の課題を広げる。
これで少し思考を変えさせよう、そうしよう。

「――雷蔵、入るぞ…ん、八も一緒か」
「おう」
「兵助」

八左ヱ門が片手を上げるのと僕が呼びかけるのがほぼ同時。
ともかくいいタイミングで入ってきてくれた。
入室して適当な位置に座る兵助にどうしたのかを聞くと、兵助は一つ頷いて外を指差した。

苗字が呼んでる」
「…はは…ありがとう…」
「? どうしたんだ?」
「丁度名前の話をしてたんだよ」

溜息をついて立ち上がる僕の後ろで、八左ヱ門が“傍から見た二人(三郎と苗字さん)”について――さっき僕から八にした質問だ――兵助に話しているのが聞こえる。
ふーん、と相槌を打つ兵助の声を耳に入れながら、僕は部屋の外へ出た。

「不破くん」
「ごめんね苗字さん、お待たせ」
「ううん。あの…さっき、ごめん」
「ん?」
「変なこと言ったでしょ?ほら、その…三郎がどう思ってるか…とか…」

俯いて地面を蹴りながら、苗字さんがポツリポツリと溢す。

――…三郎は、私のことどう思ってると思う?
――やっぱり嫌い、かな。
――くのたまは女の子じゃないって言ってたもんね。

三郎と苗字さんが繰り広げるいつもの掛け合いの後、僕だけが聞いてた苗字さんの呟き。
委員会に向かう三郎を見送りながらのそれは少し寂しそうで、嫌いなわけないよ、って答えてあげたかった。

僕の意見だけじゃ弱いかと思ったから八左ヱ門にも話題を振ったんだ。返ってきたのは微妙に期待はずれな答えだったけど。

「わ、忘れてくれる?私、別に、三郎がどうとか気にしてないし!深い意味はなくて気の迷いっていうか、そう、ちらっと!軽く考えただけ!」
「わっ、苗字さん!しー!」
「むぐ!?」

勢いよく顔を上げ、手のひらを握りしめながらの発言は思いのほか大きくて、咄嗟に距離を詰めて彼女の口を塞ぐ。

ガタン、と鳴った音に反応してゆっくり振り返れば、戸口に腕をついて目を見開いている八と、状況がよくわかってないらしい兵助がこっちを見ていた。

「……聞こえちゃった?」
「あー、まあ、三郎がどうとか、気にしてるとか気の迷い?」
「それ一番聞いちゃいけないところだよ」
「ん、んー!むー!!」
「雷蔵、そのままだと苗字が窒息するぞ」

鼻まで塞いでる、と淡々と状況を話す兵助の言葉で慌てて苗字さんを解放する。

僕の腕に手を添えて支えにしながら息を整えるのを見て、悪いことしちゃったなぁと反省した。

「ごめん、その…色々と…」

呼吸を整え終えた苗字さんは緩く笑みを浮かべ、しかも僕にお礼まで言って(何もしてないのに)踵を返した。
けれど興味深そうに流れを見守っていた八左ヱ門がそれを黙って見送るわけもない。

案の定、苗字さんの腕を掴んで引き止めてしまった。

「まあ、待てって名前
「竹谷くんに話すことはありません」
「じゃあ一個だけ!な?」
「いやです」
「三郎の何を気にしてるって?」
「べ、別に、なんでもない!」

頑なだった態度が一気に崩れる。
キッと八左ヱ門を睨みつけるその顔は赤くて、なんだかかわいそうになってきた。
その必死さが見ててハラハラするというか、援護したくなるというか――

「…八左ヱ門に誘導されるやつ初めて見た」
「へ、兵助!!」

感心してないで空気読もうね!?
思わず肩を掴んで自分の後ろに追いやる。
だけどそんな些細な行動には意味がなく、兵助の言葉はしっかり届いてしまったらしい。苗字さんはさっきよりも赤い顔でプルプル震えて、今にも泣き出すんじゃないかと気が気じゃない。

なんとか宥めようと言うべき台詞を懸命に考えたけど、一向に思い浮かばない。
この場に勘右衛門がいたらいい方向に持っていってくれたかもしれないのに――

「じゃあマジで気の迷いか」
「そう言ったでしょ」
「…ん?気にしてるのが気の迷いで、結局気にしてないってことは苗字は三郎に無関心てことか?」
「無関心ってこたないだろー、いっつもきゃんきゃんじゃれあってんだから。なあ?」
「じゃれてない!」
「…というか、気にしてるって具体的に何を気にしてるんだ?じゃなくて、気にしてない?」
「…………ちょっと待て兵助。俺混乱してきた」

…だめだ、この場には空気の読めない友人しかいない。
がっくり項垂れた僕は疲れを感じながら「今まで通り三郎の態度は気にしないってことだよ」とフォローを入れた。
うんうん、と何度も頷く苗字さんに首を傾げる兵助。
あ、これ絶対わかってない。フォロー失敗だ。

「それをわざわざ言いに来たのか?雷蔵に?なんで?」

僕の予想通り、兵助は純粋な疑問として苗字さんに質問を重ねた。
しかもその質問は僕と苗字さんのやりとりの詳細を問いかけてるようなものだ。

ある意味兵助は八左ヱ門よりよっぽど厄介だなあと思う。
しどろもどろになりながら律儀に答えようとしていた苗字さんは、途中で諦めたのか盛大な溜息を吐き出した。

「――つまり、三郎の気持ちが知りたいってことでいいのか?」
「違うよ兵助…それはもういいってことを言いに来てくれたんだよ」

ぼかして伝えるという手段が通じず、結局僕とのやりとり含めあらいざらい吐かされた苗字さんはさっきから沈黙を守っている。
部屋の隅で膝を抱えて縮こまっているのをそっと確認して、ようやく納得できたらしい兵助を見て一息ついた。

「なあ名前、ほんとにいいのか?」
「…?」
「現状維持でさ。好きなんだろ?」
「…好きじゃない」
「誤魔化さなくていいって」

八左ヱ門は彼女を覗き込み、なぜかネコジャラシを目の前で振っている。

「意地はってねぇで素直になったらどうだ」
「…………意地じゃないよ」
「強情だなー」
「今のままでいいの、だから、余計なことしないで」

呟くようにそう言うと、苗字さんは膝に顔を埋め、ますます小さくなってしまった。

「――どう見ても女の子だよね」
「…………雷蔵、大丈夫か?」

黙りこくった苗字さんに焦った様子の八左ヱ門を視界に入れつつ呟いたら、兵助が本気で心配してきた。
別に変になったわけじゃないから。その“当たり前だろう、何言ってるんだ”って顔やめてくれないかな。

「くのたまは“女の子”じゃないって三郎に言われたの、気にしてるみたいだったから…」
「口だけだろ」
「え?」
「ん?だから、三郎はちゃんと苗字を女扱いして、る…よな?」
「いや、そこは断言してよ兵助」
「自信なくなった」
「えー…」

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