カラクリピエロ

そのなみださえいとおしい


※鉢屋視点





「助けて三郎!」

バァン、と派手に戸をあけて登場した名前から開口一番飛び出したセリフに、来るのがわかっていたにも関わらず(だって足音がうるさい)驚いて腰を浮かせてしまった。

「なんだ!?どうした、誰かにイタズラでもされたのか!?」
「悪戯…?」

名前は単純でわかりやすく且つ騙しやすいから、どこかの誰かにちょっかいをかけられたのかもしれない。
……黙っていれば、まぁ、可愛い気がしないでもないし。
ついでに勢いそのままでつっこんできて、素直に私にすがる動作も。

点検するように名前の顔に手をやって少し上向かせる。
知れず気が急いていたのか、名前が「いたたたっ」となんとも色気の無い悲鳴をあげた。が、今は無視だ。
傷は無い。変な痕もついてないな、よし。

「ち、違う、怪我とかしてない」
「じゃあなんだ」
「え?あ、と…………」

ははーん、これは何かあるな。
顔に思い切り“なんだっけ”と書いてあるものの、口にしなかったのは褒めるところなんだろうか。

――いや、やっぱり表に出ている時点で駄目だな。

名前がこんな冗談を吹っかけてくるとは考えにくいし、主犯は勘右衛門か?八も一枚噛んでそうだ。

と、ここまで私が長考しているのに名前は相変わらず言葉に詰まったままだ。
まぁ理由はわかっているが素直に放してやるのも面白くない。

「…それで?お前は私に何をどうして欲しいんだ?」

両手に挟んだままだった名前の顔を引き寄せて囁くと、ガチ、と音がしそうなくらい固まった。熱を持つ頬と意地でも合わせまいとする視線に笑いそうになる。
これも嫌いじゃないが、私が見たいのは――

「三郎、とりあえず少し離れ」
「聞こえないな」

するりと名前の頭巾を外す。
あらわになった耳に触れると赤さが増したように見えた。

「う、うそつき!」
「ほー、それをお前が言うのか」
「ぐ…そりゃ、そう、かもしれない…けど…それとこれとは別でしょ!」
「一緒だろ。まぁ名前の方がタチが悪いという点では同意するが」
「ああもうわかりました、ごめんなさい、私が悪かったんで」
「いい機会だ、少し免疫力をつけていけ」
「は!?」

名前の謝罪(と言えるのかもわからないが)を遮って両肩を押した。
何が起こっているのかわからないって顔を見下ろして、ついでに髪留めを外し文机に置く。

「くっ…、まぬけ面」
「いやいやいやいや、この場合仕方ないよね!?」
「そうか?」
「っていうかあれ?そういう、え、今こういう雰囲気だったっけ!?」
「少しはくの一らしいところを見せてみたらどうだ」
「誘えと!?」
「………………いや、さすがにそこまで高度な要求はしない」

相当混乱しているのか、主題がずれているのにも気づいていないらしい。
そうなるように仕向けたのは私だが、思わぬ方向に転がった。
落ち着きを取り戻すのは無理だとしても、せめてあいつらへの連絡か、何かの武器か――そういうものが飛び出てくると思っていたのに予想外だ。

「まぁ、見せてもらえるものなら見てみたいが」
「ば、ばかにして……!」
「いや、だって名前には――!?」

ぐっ、と思い切り装束を掴まれたかと思ったら背中が床に着いていて“無理だろう?”まで口にできなかった。
起き上がりかけたものの、腹には名前が乗っているせいかうまく身動きができない。
名前を見やれば、俯いているのと降ろしている髪とで表情が隠れている。私の装束をぎっちり握ったままなのを見れば大体どんな顔してるのかわかるけど。

「…泣き虫め」
「っ、うるさい。だれ、の、せいだと」
「私しかいないな」

指摘したせいか、我慢できなくなったらしい。
腹に乗ったままの名前を支える為に片手を後ろについて、空いた手で名前の顔を自分の胸に押し付ける。遠慮も何もなく鼻をかむのは仕返しのつもりなのかもしれない。

「その、笑顔、が、むか…つく!」
「好きなくせに」
「…ほんと、なんで好きなんだろ…」

ポロッと零れ落ちたような呟きについ動きを止める。
名前は泣くと気弱さが増すんだろうか。

「…三郎らしい、から…かな。すぐ三郎ってわかるし、声も、姿も、雰囲気が変わってても、それ見ると安心する」
「……お、前は……どうしてそう……」
「なに、仕方ないでしょ好きなんだから!同じくらいムカつくけど!」

ああくそ。名前はこれだから厄介なんだ。
いつもは私がこれでもかというくらい翻弄してやる側なのに、不意打ちで飛び出す言葉の威力がものすごい。反則技だろうと言いたくなる。

支えを外して後ろに倒れると、軽く驚いたらしい名前が身を乗り出したから腕を引っ張って横に転がした。
ぎょっと目を見開くのを見てつい吹き出す。
すぐに不満そうに眉を寄せるのは逆効果だとそろそろ学んだほうがいいぞ。面白いから言わないが。

泣いた余韻を残す顔は目元も鼻も赤い。
おせじにも綺麗とは言えないその泣き顔が、私は一番好きだったりする。貴重だしな。

「今度はなにニヤニヤしてるの」
「前言撤回しようかと思ってさ」
「どれ?」
名前は充分誘い上手だよ。対象はものすごく限られるだろうが」
「……それ喜んでいいの?」
「好きにしろ。だが…まぁ、私だけにしとけ」

名前は疑問符をめいっぱい浮かべているが、わからないならわからないままでいい。
むやみやたらと振りまかれても困るし、乱用されても私が困る。

起き上がろうとしていた名前を引き寄せて抱き締めながら、天井を仰ぎ見てクツリと笑った。






「お前ら、ここからは有料だぞ」
「え、なに、誰!?まさ、か…」
名前はほんっ………とうに鈍いな」
「そんなに溜めて言わなくてもいいでしょ!?」

「気づいててそうやっていちゃつくとか……どういう意図だよ。牽制?」
「まあ一番気の毒なのは雷蔵だと思うけどな」
「もっと言ってやって兵助」
「布団敷かれてなかっただけマシ…ってぇ!?」
「あは、下品だよ八左ヱ門。あ。やばい名前がやばい」

「なんでみんないるの!!?」



+++



「で、結局目的はなんだったんだ?」
「三郎、お前この惨状を見てそれか」
「そういう兵助こそピンシャンしてるじゃないか」
「巻き込まれただけなのに更にくの一の毒くらうなんて冗談じゃないし…苗字、水いるか?」
「あり、が、と……って、ちょっと!なんで三郎が飲むの!!」
「というか、何故名前は息切れしてるんだ。お前は扇を振っただけだろ」
「精神的に疲れたの!ああもう…全部飲んだ…ひと口くらい残してくれたって…」
「水なら私のをやるから我慢しろ」
「は!?え…余計意味がわからないんですけど…もらえるならもらうけどさ…」
「ははっ」
「久々知くん?」
「いや、なんでもない。三郎、飲んだ分当然新しく汲んどいてくれるよな?」
「…………」

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