※久々知視点
――ああ、これは夢か、
ふいに、そう自覚することがある。明晰夢と言ったか、その辺は興味がないから朧げだが、今見ている景色は間違いなく夢だった。
目の前にいる人物の輪郭があやふやで、うっすらと白いフィルターがかけられたように色味すらぼやけている。
かろうじて、目の前にいるのが着物姿の女の子だとわかる程度だ。
彼女が自身の胸元を握る右手には結構な力が込められているようで、ぎゅう、と音が聞こえてきそうだった。
(……名前?)
妙な既視感とともに、反射的に呼ぼうとした名は音にならなかった。それどころか、自分の口が動かない。
やきもきしながら手を伸ばそうとしたのに、それもできない。
これは、夢だから。自在に動けることもあるが、今回は干渉できないタイプなんだろう。
「――ごめん」
傍観するしかないのかと力を抜いた途端、自分の強張った唇が震えて勝手に言葉を紡ぐ。彼女の右手にはさらに力がこめられて、微かに頷いたのがわかった。
「苗字のことは、嫌いじゃないんだ。あいつらといるときと同じくらい楽しいし、ずっと仲良くしていたい」
「…………うん」
「……友達じゃ、駄目か?」
自分の口から飛び出た言葉に理解が追いつかなくて、妙に息苦しい。悪夢かこれは。
よく見れば彼女は俺の知っている彼女よりもいくらか幼いし、時代劇のような着物を着こなしているし、というか、なんだ“苗字”って!
そんな呼び方高校時代に置き去りにしてきたぞ!?
絶賛混乱している俺をよそに、場面は進む。
一呼吸おいて、俯きがちだった彼女の顔が上がる。
困ったように下がった眉と、なにかを言おうと微かに開いた唇が目に入り、自在にならないこの身体に無性に腹が立った。
今声を出したら名前は泣く。それがわかるのに、なにもできない。
どうして俺の腕は動かないんだ。名前が泣きそうなのに。どうして。
「ありがとう、久々知くん」
「苗字、」
「いっぱい、考えてくれたの、嬉しかった」
声が震えないように、しゃくりあげるのをこらえるように、懸命に押さえ込んでいるのがかえってつらい。
彼女の呼吸は浅く、時折ぐっと息を止めている。その様子から息苦しさが伝播して喉を掻きむしりたくなった。悪夢だ、こんなの。
「でも……、わたし……」
ついに瞳からあふれた涙がこぼれ落ちていく。
足元がぼやけているせいで涙の行方は追えず、止まらないそれを強引に止めようとする彼女に手を伸ばしたところでブツン、と思考が落ちた。
がばりと身体を起こしたことで、自分は横になっていたのかと遅れて自覚する。息が苦しくて口元に手をやったものの、心臓の音がうるさくて落ち着かない。
一度大きく深呼吸をしてから瞬いて、枕元にあるライトを着けた。 視界に映るのは見慣れた自分の部屋だ。時刻は午前4時。傍らにはぐっすり寝入っている俺の――
「……なまえ」
手を伸ばし、指先で彼女の前髪を梳く。
あらわになった顔と夢の中の彼女が重なって、覆いかぶさるようにして彼女を抱きしめた。
むずがって微かに声を漏らす名前は温かくて柔らかい。そんな当たり前のことにほっとする俺は、どれだけ身体を緊張させていたのかと笑いたくなった。
「名前」
「んー」
「なまえ……」
「……んぅ、」
夢心地のまま返事をする名前の頭に頬を擦り寄せ、より強く腕に力を入れる。
冷静な部分では、こんな早朝に彼女を起こすのは可哀想だと思っているのに、起きてほしいという要求のほうが強いから止まれない。
腰に腕を回してがっちり抱え込むと、肩のあたりを指が這う感触があった。
「……へーすけくん?」
「名前」
「どうしたの」
寝起きそのままの声は小さく掠れていて、戸惑いに満ちている。
だけど理由をうまく説明できず、そのままでいると彼女の手が後頭部に触れた。
「兵助くん」
「……ん」
「ね、すこし場所かわって」
先ほどよりもはっきりした言葉遣いに思わず名前を覗き込む。彼女は半分寝ている雰囲気をまとったまま、俺の背に触れた。
寝巻き代わりのシャツが軽く引かれたことに意識をやる前に、名前の額が俺の肩を押してくる。くすぐったさに吐息が漏れて、衝動に突き動かされるまま彼女を抱きしめた。
むぐぅ、とくぐもった声が聞こえる。なまえ、と反射的に呼べば、背中に回った腕に力が込められるのが嬉しい。
「名前、ちょっと昔みたいに呼んで」
ふと思い立ったことを頼むと、名前は疑問符をたくさん飛ばしながら、くくちくん?と若干ぎこちない雰囲気で俺を呼んだ。
室町の夢を見る現パロ久々知
豆腐部屋
1921文字 / 2023.01.07up
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