勘右衛門とメイン夢主
※尾浜視点
「――頼む」
一瞬だけ崖下を見た後、兵助はそれだけを口にした。
ドン、と胸に衝撃を受けて、反射的にそれを捕まえる。
「兵助!!」
「久々知くん!!」
重なる呼び声に応える表情が困ったような笑顔だったのは、余裕だから…そうだよな?
「久々知くん!久々知くんッ!!」
「っ、名前、駄目だって!」
考え事をしている場合じゃない。
おれの腕を振りほどいて崖っぷちに駆け寄ろうとする名前を慌てて止める。
どこからこんな力を出してるんだってくらい必死で、今にもおれを引きずりそうだ。
「名前!」
「やだ…いやだ、嫌だよ!なんで!?なんで久々知くんが!どうして、私…私が悪いのに、わたし、が落ちれば、」
「名前!!」
パチン、と乾いた音がした。
錯乱して蒼ざめていた名前はおれに両頬を挟まれたまま、じわりと両目に大量の涙を浮かべる。
やりすぎたかと思ったけど、後悔はしてない。
「…落ち着いて名前」
「かん、え、もん……」
「大丈夫」
ゆっくりと、幼子に言い聞かせるみたいに口にする。
名前は顔を伏せ、おれの制服をきつく握ると小さく嗚咽を漏らしながら、繰り返し兵助を呼んだ。
細かく震える肩に手を置いて宥めるように軽く叩く。
おれは自分にも言い聞かせるみたいに「大丈夫」を繰り返した。
豆腐部屋
591文字 / 2011.03.24up
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