◆立花先輩に相談しようver.
「そうだ!」
パチン、と音を立てて携帯を開く。アドレス帳の“た行”、立花先輩で登録されている番号へとコールした。
『――はい、立花』
「先輩、相談乗ってください!!」
『…お前はいつも唐突だな。もう少し落ち着きを持てと言っているだろう』
「はあ、すみません。それでですね、ちょっと聞きたいことがありまして…先輩、もう寮ですか?」
『あと数メートルで、というところだ。急ぎか?』
途端に真剣味を帯びた声色にぎょっとして慌てて否定する。
相手から見えもしないのに首と手まで一緒に振りながら、すみません、と謝罪が口をついた。
「明日でもあさってでも、先輩の時間が空いたときでいいんです」
『…ふむ。それなら明日だな。昼休みに私のクラスまでこい』
「ありがとうございます。食べてから行きますね」
『別に弁当を持参してきても構わないが』
笑いを含んだ声と内容に反射的に眉根が寄る。
立花先輩の教室で一緒にランチなんて目立つから絶対嫌だ――と、私が考えるのをわかっているくせに、わざわざ言ってくるんだから先輩は意地が悪い。
反射的に飛びだしそうになった文句を呑みこんで一息つく。それが呆れの混じった溜め息になってしまうのは止められず、電話口から先輩の笑い声が漏れ聞こえた。
『来る前に一報入れろ。ついでに――おい、邪魔だ留三郎。出入口を塞ぐな』
小さくなる先輩の声の代わりに、ガタンとかドカッと不穏な物音と「いってぇな馬鹿!!」と怒っているらしき食満先輩の声。
寮についたのかな、とぼんやり考えていたら名を呼ばれ、些か大きめの声で返事をしてしまった。
◆尾浜くん乱入ver.
「委員会の用事で呼ばれたからしばらく戻ってこないと思うけど……もしかして勘右衛門に用だったか?なら苗字が待ってるって連絡」
「ち、ちがう!違います!」
ポケットから携帯電話を出して(久々知くんのも二つ折の旧式だ)、チャッと開く音がした所で慌てて近寄って止める。
小さく首をかしげた彼は携帯を閉じて、片手で持っていた冊子と一緒に窓際の机の上に置いた。
「そろそろ暗くなるし、居残るなら図書室の方がいいと思うぞ」
「うん…ありがとう」
どくどくうるさい心臓を宥めつつ、冊子の置かれた席に座る。もちろん私の席じゃないけど、今移動したら変によろけてしまいそうだった。
久々知くんは教室の後ろ半分の窓を確認してから冊子――日直が書くことになっているクラスの日誌だった――の元へ戻ってきた。つまり、私が今いる席に。
「ごめん、私、どくから」
「ん?別に座っててもいいぞ」
不思議そうに言いながら前の席の椅子を反転させて座ると、そのまま片手で日誌をパラパラめくる。
空いた手で私の座った席にかかっているカバンに手をつっこむと、中からペンケースを取り出した。
(あれ……?この、席って、)
「勘右衛門は戻ってこないみたいだけど、急ぎの用事?」
状況を把握するためにゆっくり視線を動かしていた私は、手元に目線を落とす久々知くんをじっと見て(伏し目がちになるとまつ毛の長さが際立つ)、ようやく彼が携帯電話を眺めていたことに気づいた。
ついでに、私の座っているこの席が久々知くんのものであることも――無意識とはいえなんて恥ずかしいことをしているのか。
「尾浜くんが、どうかしたの?」
「待ってたんじゃないのか?委員会が長引きそうだから荷物持ってこいってさ」
ぶわっと一気に膨らんだ羞恥心を堪えて聞けば(せっかくだし座っておきたい)、想定外のことを言われて固まった。
さっき違うって言ったのに、久々知くんは誤解したままだったらしい。待ってたのは尾浜くんじゃないのに。
「……久々知くん」
「なんだ?」
「待ってたの、久々知くんだよ」
「え、ごめん。なにか約束してたっけ」
時間割を書き込んでいた手が止まる。パッとあげられた顔をまっすぐ見詰めた途端、頬と耳が熱くなった。
ぱちぱち、久々知くんの目が瞬く。苗字、と私を呼ぶ声が戸惑ってるのがわかる。
別に告白するわけじゃないのに、今の状況はまるっきりその空気と同じ気がした。
「約束は、してない。私が、勝手に待ってまし、た」
「なんで敬語……」
ふっと小さく笑った久々知くんのおかげで少し肩から力が抜ける。
先を促す視線に背を押され、両の手のひらをぎゅっと握りしめた。
「メール、したいの。久々知くんと」
ガタンガタン、と教室の外で音がして肩が跳ねる。
ガラリと扉が横にスライドして、何とも言えない顔をした尾浜くんが中に入ってきた。
「おれめっちゃドキドキして待ってたのに!!」
「え、えっ、私!?」
バン、と机に両手をついて私を見下ろすものだから、びっくりしながら謝る。
尾浜くんは久々知くんの隣から椅子を引っ張ってくると、後ろ向きに跨いで座り、背もたれに腕を乗せてうなだれてしまった。
「お前委員会はどうしたんだ」
「えー、兵助が呼んだのにそれ言う?」
「抜けられないって返事してきただろ」
「だって苗字さんが待ってるっていったら明らかにおれじゃないし。邪魔しちゃ悪いかなーと思いつつ好奇心に負けました」
語尾に星でもついてそう、と思いながら尾浜くんの声を耳に入れる。
次いでその内容を反芻し、バッと音が出そうな勢いで尾浜くんを見た。
「な、なな、なんで…」
「んーと、さ。おれ、これでもクラスの様子には気を付けてるんだよね」
「それは……うん、わかるよ。いつもありがとう、助かってます」
「えっ、そこでお礼言っちゃう!?……えーと、だから気づいちゃったというか」
なんかやりにくいなぁ、というぼやきは聞き流し、気づかれていた事実に言葉をなくす。
冷や汗をかきながら久々知くんと尾浜くんを交互に見ていたら、大丈夫、と言いながら尾浜くんが笑った。
「こいつそういうの鈍いから」
「あ?」
「今だって全然話聞いてなかったろ?」
「聞いてたよ」
「嘘つけ」
「苗字、携帯」
「へ!?は、はい!」
言われるままに畳まれた状態のそれを差し出すと、一度手を乗せた久々知くんが一拍おいて私の方へ押し戻し、自分で操作するよう言った。
「操作?」
「メール、するんだろ?」
「いいの?……ほんとに?送ってもいい?」
「先に言っておくけど、俺とメールのやりとりしても別に面白くないと思うぞ」
そんなことない、の意味を込めて首を振る。嬉しくて、咄嗟に声が出なかった。
震える指先と、こらえきれずに緩む口元を押さえて一度深呼吸する。私のアドレスを直打ちしようとしていた久々知くんから携帯を奪った尾浜くんが、赤外線通信を使ってアドレスを交換させてくれた。
自動で登録された内容には電話番号まで含まれていて、嬉しいはずなのになんだか戸惑う。
「ついでだからおれとも交換しよ」
「…………尾浜くんのスマートさ羨ましい」
「苗字さんはそのストレートさを武器にしたらいいと思うよ」
思わずこぼせば尾浜くんは微笑んで手早く操作を終える。
どうやら褒めてくれたらしいけれど、いまいち何が“武器”になるのかよくわからなかった。
「兵助、日誌終わった?」
「あとちょっと。委員会戻らないなら黒板直してこい」
「戻るけどさー。どうせなら日誌持ってったほうが手間が省けるじゃん」
不満そうに言いながらも、席を立った尾浜くんが黒板へ近づく。きっと日付と日直の名前欄を書き直すんだろう。
久々知くんが書く日誌を見ようと視線を落とせば、文字より先に彼の指先でふにふに揉まれている豆腐型マスコット(私の)が目に入って、心臓がどくんと大きな音を立てた。
「…久々知くん、それ気持ちいい?」
「ん…?あ、ごめん!」
「ううん、いいよ触ってても。触り心地いいでしょう」
「…………うん」
――あ、かわいい。
指で挟んだマスコットをじっと見つめて、日誌を書く動きを止めてまでふにふにしている姿を見て、反射的にそう思ってしまった。
「好きなのか?」
「………………す、すき!?なにが?」
「豆腐。これ、モチーフは豆腐だろ?」
「と、とうふ…」
「ぶふっ」
耳に入った尾浜くんの声につられて黒板を視界に入れれば、尾浜くんは肩を震わせて笑っていた。
ぐだぐだに拍車がかかるので、尾浜くんには委員会活動を頑張ってもらうことにしました
電子文通ノ スゝメ
豆腐部屋
3469文字 / 2015.04.01up
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