カラクリピエロ

不破雷蔵の提案…前後?

逃げ出す私の背中に食堂のおばちゃんの怒声が飛んでくる。

名前ちゃん、お残しは許しまへんで~~~~!!」
「戻ってきますから今は見逃してください!」
「だぁめ!」
「駄目なんですまともに食べられないんです絶対戻ってきますかうわ!」

おばちゃんの投げるしゃもじをギリギリ避ける。
戸口の向こうへ飛んでいったにもかかわらず、打撃音が聞こえて恐る恐る振り返った。

名前じゃないか」
「ど……どうもこんにちは、立花先輩。食堂でご一緒するなんて珍しいですね、あはは。では失礼します」
「待て」

ですよね。
私の腕を引っつかみ進行を阻んだ立花先輩は食堂内を見回したようだった。
私はチャンスがあれば外へ出ようとしていたので中の様子は見てなかったけれど、五年生のみんながこっちを見ているのだけは視線でわかった。

「――中々面白そうな話が聞けそうだな」
「い、嫌です」
「では私の話相手になってもらおうか」
「どっちも一緒じゃないですか!私は外へ行くんです!離してください!」
「食事途中なんだろう?おばちゃん、名前は我々が見張りますから。ああ名前、ついでだから文次郎に謝っておけ」
「!?」

とても綺麗な微笑みでおばちゃんに告げる立花先輩が怖い。
それを実感する暇もなく、さらりと付け加えられた先輩の名前にギョッとした。

「――――痛ってぇなくそ!いきなり引っ張んじゃねぇよ仙蔵!!」

いきなり起き上がってきたのは潮江先輩だ。その勢いに押されて後ずさると、それをいい事に立花先輩が私を引きずって奥へ進む。
潮江先輩の手に握られたしゃもじを見て、先ほどの音は潮江先輩だとわかった。

「うわ、ご、ごめんなさい!それは流れ弾というやつで…立花先輩引きずるのやめてくださいよ!」
「尾浜、すまんが名前の膳をこっちに」
「あ、はい」
「人の話聞いてください!私は新鮮な空気を吸いにですね……尾浜くんも聞かなくていいからっていうか隣のテーブル選ぶってどういうことですか!全然、まったく意味ないですよね!?」

「お前の事情など私には関係ない。が、そのほうが面白そうだろう?」

「ドSな委員長なんてだいっきらいです!!」
「なに、こいつらの心配も酌んでやろうかと思ってな。食事中、勝手に、席を立つ友人は普通に心配だろうに」

食事の乗った膳を横に突っ伏す私の頭をコンコンと極軽く叩きながら、立花先輩が強調するように言う。
それがぐさぐさ突き刺さるけど。みんなの視線も痛いけど。
立花先輩の本音は先に口に出したほうに違いないんだ。

「――ご苦労」
「ご苦労、じゃねぇよ。何当然のようにオレに給仕させてんだお前は!」

カタン、カタンと二人分の食事が運ばれてくる音に顔を上げる。
私と立花先輩と三角形をつくるように、潮江先輩は向かいの席に座った。

三人分のお茶を注ぎながら文句を言っても立花先輩に効果は薄いだろうなぁ、とぼんやり思った。

「ほら」
「……ありがとうございます」
「仙蔵、後輩いじめか?」
「私なりの愛情表現だ」
「歪んでんだよてめぇのは。おい、さっさと食わんと冷めるぞ」
「そう、ですね……いただきます」

潮江先輩に促されて止めていた食事を再開する。
ほとんど冷めかけているけれど、おばちゃんのご飯は冷めてもおいしい。



「それで。何故逃げ出そうとしていた?」
「いきなりそこきますか」
「…ふむ。おい久々知、」
「わーーーー!言います!」

ただ事の成り行きを聞こうとしていたのかもしれないけど、立花先輩のことだ。
何を言われるかわかったもんじゃない。

鉢屋三郎といい立花先輩といい、私にとって“久々知兵助”が弱点すぎる。
早々になんとかしなければと思いながら、立花先輩を手招いた。

「ちょっと耳貸してください」
「……お前は……まぁいい。それで?」

思いきり呆れた顔をした立花先輩は、溜息をつきながらも箸を置いてくれた。
潮江先輩が目を見開いたのが気になったけれど、とにかく今はさっさと喋って解放してもらいたい。




「…………は?」
「な、何度も言わせないでくださいよ。だから名前をですね、」
「くだらん」
「ちょっと!言わせといてそれ!酷くないですか!」

「っ、お、お前らいい加減にせんか!さっきからベタベタベタベタくっつきおって!し、忍には三禁というものがあってだな!」

バァンと突然派手な音を立ててテーブルを叩かれて驚く。

(というかいきなり何を…?)

くどくど説教を始めた潮江先輩に首を傾げる。
聞き捨てならない内容も含まれていた気がするが、理解したくない。

「うるさいぞ文次郎。こいつはそういうのではない」

盛大な溜息を落として湯飲みを傾ける立花先輩。
顔に堂々と“つまらない”と書いてあるのをどうにかしてください。

「大体私や伊作が散々呼んでいるだろうに……文次郎、ちょっとこいつの名前呼んでみろ」
「意味がわからん」
「いいから」
苗字名前だろう、くのたまの」
「名前だけでいい」
「? 名前
「――どうだ?」
「…聞かれましても」

別にどうもしません。としか答えられないんですが。

「なるほど。おい名前、お前その程度で逃げ出していたら身が持たんぞ」
「そ、そんなの、わかってます!」

嬉しいのに逃げたくなるなんて自分でも理解不能だ。
立花先輩は「ふむ」と頷くと隣のテーブルへ顔を向けた。

名前が逃げ出した原因は久々知、お前のようだな。あとはそっちでなんとかしろ」
「何で言うんですか!!」
「くだらんことを聞かせられた私への侘びだ」

お詫びって普通は私が自ら差し出すものですよね!?
文句を言いたいけど声が出ない私を置き去りにし、立花先輩は席を立った。

「ま、どんなにくだらなくても可愛い妹分の話ならいつでも聞いてやろう。行くぞ文次郎」
「結局なんだったんだよ」
「お前も名前と似たタイプかもな」
「はぁ?」

(これ、すごく気まずいんですが…!)

かといって逃げ出すわけには行かない。
無言でご飯を口に運びながら、私はどうしようかをグルグル考えていた。

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