カラクリピエロ

素直になれない(12)


※竹谷視点





「っでぇ!!?」

突然、耳に激痛を感じて飛び起きる。
痛む箇所に手をやれば何かがぶら下がっていて、それを急いで外した――これは…、洗濯ばさみ?

「…………名前っ」
「おはよう八左ヱ門」

その挨拶と笑顔が可愛くて一瞬固まったが、耳の痛みを思い出して名前にブツを突きつける。

「なんだよこれ」
「見ての通り、洗濯ばさみ。…私、ちゃんと言ったと思うけど」

しれっと言い放つ名前は自分の指で洗濯ばさみを開いたり閉じたりしながら僅かに首をかしげる。
確かに起こし方は勝手にするからって言われてたけど、痛ぇよ!!

せっかくいい夢を見られたのに台無しだ。

なのに…どこか楽しそうに微笑む名前を見て何も言えなくなるんだから、俺はよっぽどこいつに惚れてるんだと実感する。

「そうだ、八左ヱ門。こっちに来て手のひら見せて」
「? なんで?」

救急セットを引っ張り出して(どこから発掘したんだ)手招く名前に寄りながら、言われるまま手のひらを出す。
箱の中から物を餞別しているためか、伏し目がちな名前を見下ろして夢の内容を思い出していた。

『――……八左ヱ門……好き……』

繋いだ手を握りながら、どこか泣きそうな声で言う名前に“泣くな”って返して、抱き締めた後はそのまま口付けを――

「い゛っ!?づ、~~~~!!」

名前が俺の手に何かを塗りつけたと思ったら、それがものすごく沁みる。
思わず手のひらを握り締めようとしたら、「まだだめ」と名前の手が間に入った。

「おま、薬塗るなら言えよ!先に!」
「耳の痛みは和らいだ?」

くすりと笑って見上げてくる名前に絶句する。
ドクリと鳴る心臓を無視して、当然まだ痛いと返す俺に、名前は「ごめんなさい」と笑顔で言った。
全然悪いと思ってねぇ。

「……さっきはあんなに素直だったくせに……」
「え!?」

ギクリと身を強張らせる名前に内心首をかしげる。
俺の言う“さっき”はもちろん夢の話だ。
てっきり『何の話?』くらいに流されると思ってたのに、自分の予想とは違う反応に思わず名前を観察した。

「…………まさか、聞いてたの?」
「は?」
「っ、なんでもない。それより、もうすぐ委員会の時間になるから、私はもう帰るわね」
「おい名前
「そうそう、その布団は途中で雷蔵があなたの様子を見に来て、ついでに出してくれたものだから」
「待てって!」

俺に口を挟む間も与えないよう、畳み掛ける名前の腕を掴む。
途端に静かになる名前は気まずそうに俺を見上げ、ふいに目を逸らした。

「…八左ヱ門」
「な、なんだよ」

名前の腕を掴んだままの俺の手に、彼女の手が乗る。
やんわりと外された手がそのまま緩く握られる動きから、目が離せなかった。

「目を…閉じてくれる?」

言われた内容に期待してごくりとつばを飲み込む。
何も言えずに名前を見下ろしていると、再度こっちを見る名前に“まだ?”って感じで小首を傾げられ、心臓が速くなるのを自覚しながら目を瞑った。

ふわりと空気が動いて、胸に名前の温度を感じる。
反射的に目を開けてしまったが、名前は俺の胸に頭をくっつけてるから、どうせわからないだろう。

――このまま、腕を回してしまいたい。
そう思ったのに、名前は俺の両手を掴んで押さえ込んだままだった。
外そうと思えばできるはずなのに、なぜか動けない。

「…もう少しだけ、待ってて」

ぽつりと聞こえた弱々しいそれに戸惑いながら――同時に欲情したなんて、口にしたら殴られそうだ。

聞き返す前にあっという間に部屋を飛び出していった名前の背を呆然と見送って、思わずしゃがむ。

「…………んだよ、あれ」

待てるか、と反発したい気持ちと、もう少しってどれくらいだと問い詰めたい気持ち。
それと名前の気持ちに整理がつきそうなんだという事実への喜びも大きい。

「――どうせなら抱き締めさせろよ…」

俺は手持ち無沙汰に両手を握り締め、しばらくその場から動けなかった。

「なあ雷蔵」
「うん?三郎、塩取って」
「ほい。八、箸を咥えたまましゃべるな。行儀が悪いぞ」
「おー…ってお前に言われたくねぇ」

ジト目で三郎を見ながら一旦箸を揃える。
パチリと音が鳴ったあたりで、雷蔵が続きを促すように俺に視線を投げてきた。

「今日名前となんか話したろ?」
「そうなのか!?」
「…ああ、うん。八が寝てるときだね。っていうかなんで三郎まで驚くんだよ」

呆れ混じりに肩を竦める雷蔵に内容を問い詰める。
だけど雷蔵は箸と茶碗を持ったまましばし考え込み、ふふ、と笑った。

「八左ヱ門には言えないな」
「は!?」
「僕と苗字さんの秘密だよ」
「ちょっ、雷蔵、お前……」
「そんなに変な顔しなくても、八のことだから言えないってだけ」

変な顔ってなんだと思いつつ、ぐっと言葉を詰まらせる。
余計気になるだろ、そんな風に聞かされたら。

「――八、今日は行かないのか」
「あ?」
「くのたま長屋」
「やべっ、雷蔵、あとでまた聞かせてもらうからな!」
「…言わないって言ってるのに」

ぐいっと湯のみを煽り、空になった食膳を片付ける俺の背に、溜息交じりの台詞が聞こえたけど気になるものは気になる。
とりあえず名前に会いに行くことを優先して食堂を後にした俺は、そのままくのたま長屋の方へ足を進めた。





「もう反対してないんだ?」
「……八左ヱ門から直接聞かされたし、もう必要を感じない。それより苗字と何を話したんだ」
「んー…八左ヱ門のことどう思ってる?って話、かな」
「なんだそれか」
「ってことは、三郎も聞いたんじゃないか」
「…雷蔵には素直に言ったのか?」
「やだなぁ。さっきも言ったけど、僕と彼女の秘密だよ」
「私にもか!?」
「もちろん」

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