カラクリピエロ

久々知くんの恋人(11)


苦無四本と糸と布で設置された簡易スペース(久々知くん作)で、もらった衣装を広げる。
あの短時間で完成したとは思えないくらい綺麗な出来に、思わず溜息がもれた。
緊張するから人の部屋だということはなるべく考えないようにして、手早く着替えを済ませ、着ていた着物を畳む。
どうしようか迷ったものの、小さなスペースのさらに隅っこに置かせてもらうことにした。

それから両腕を伸ばしてみたり、身体を捻ってみたり前屈してみたりと着心地を確かめて、そのちょうど良さにまた驚いた。

「……三郎って何者……」

呟いたところで戸の外から笑い声が聞こえたから、終わった、と伝えるために走り寄って久々知くんを呼んだ。



◆◆◆



戸を開けて見下ろして、俺は名前を見た途端固まった。
名前が忍装束を着ているのはいつものことで、今日はたまたま小さくて、その衣装の色が五年のものってだけなのに。なんだろう、この、言い表せない感じ。

「…変、かな」

ドン、と勘右衛門が肘で突いてくる。
ハッとして慌てて首を振れば、名前は安心したように表情を緩めた。

「なに呆けてんだよ」
「…印象が、違うから…」

小声で話しかけられた内容にかろうじて答えたら、勘右衛門は肩を竦めて名前に向き直り「着心地はどう?」と聞いていた。

「――なんかいつもより落ち着いて見えるなぁ。髪結ってないから?」
「衣装の色のせいじゃないかな……って!それどういう意味!」
「あはは、ごめんごめん」

仁王立ちで怒りながら、それでも言われたことが気になったのか、彼女は降ろされたままだった髪を指でくるくる遊ばせる。
一連の動きを不思議な気分で眺めながら、俺は両手で名前を救い上げていた。
小さな悲鳴と咄嗟につかまれた指、あっけに取られている勘右衛門。

「俺が結う」
「え!?」

さっきまで使っていた櫛の近くに彼女を降ろし、驚いた様子で目をパチパチさせる名前の頭を指で撫でる。

「兵助、髪紐は?」
「…糸じゃだめか」
「細すぎるだろ……んー……よりあわせればなんとかなるかな。おれやるよ」
「…………大丈夫か?」
「それくらいならね。名前、白でいい?」

呆然としていた名前は勘右衛門の問いでようやく動きだし、ぎこちなく頷いていた。

「……あの、久々知くん」
「ん?」
「私、自分でやりたいんだけど」

その場に座り、片手で髪をいじる名前が言いづらそうに口にする。
遠慮じゃなくて、との前置きに、人にやってもらうのはくすぐったくて苦手だと以前に聞いたことを思い出した。

「わかった。いいよ」

ぱっと明るくなった表情に笑みを返してから、名前の隣にある櫛に指を置く。
とんとん、と叩くと動きにつられた彼女が俺の指を視線で追うのがわかって、可愛らしさに軽く吹き出してしまった。

「――ただし、名前が一人でこれを持てるなら」
「…………無理だよ!」
「だから俺がやるって。どうしても嫌ってわけじゃないんだろ?」

言うと名前は俺からわずかに視線を逸らし、押し黙る。
無言は肯定だろう。そう結論付けて向きを変えてもらおうとしたら、急に名前が顔を上げた。

「…じゃあ、条件、つける。いい?」
「条件?別に構わないけど…触るなっていうのはなしだからな」
「も、戻ったら、やる。私も、久々知くんの」
「……すっごいカタコトなんだけど名前

笑いを堪えているのか、声を震わせる勘右衛門を名前が赤い顔で睨む。
驚きで彼女を凝視していた俺は、名前と目が合った瞬間ドキリとした。
羞恥のせいか、潤んだ瞳で唇を引き結んでいる名前が返事を待っている。
俺は自分の目元を片手で覆って、いいよ、と返事をした。

「断るわけないだろ…」
「おいしいもんなぁ」

勘右衛門が笑いながら俺の呟きを耳聡く聞き取って相槌を打つ。
名前は聞いていなかったのか、「これで久々知くんも体験してみればいい」と満足そうに言っているけれど、そんなの俺が嬉しいだけだろうと思った。

「はい、兵助。できたよ」
「ありが……長いだろこれ」
「しょうがないじゃん。結ってから切れば大丈夫だって」

短すぎても俺が扱いづらいか。
勘右衛門の案を採用することにして名前の髪に触れる。痛かったから言うように伝えて、そっと櫛を通した。
二度目だから、力の加減はなんとなくわかる。それでも梳くのと結うのとは勝手が違っていて、思っていたより時間が掛かってしまった。

自分のならこんなに神経を使ったりしないんだけどな。

「できた」

俺の一言に名前がホッと息を吐く。
緊張して強張っていた身体も一緒に緩み、名前が改めてこっちを向いた。

「ありがとう久々知くん」
「…………ああ」
「うん、可愛い可愛い!これで完璧におれたちとお揃いだね名前!」

寄ってきた勘右衛門が俺を押しのけるように覗き込む。
自分でも思っていたことを先に口にされたのは若干悔しいが、まぁいい。

「お揃い…」

きょとんとした顔で呟いた名前が装束をつまむように引く。
あまり胸元を引っ張るなと思ったけれど、直後に立ち上がって両腕を広げ、自身を見下ろす名前が嬉しそうに笑うから。言葉なんて吹っ飛んでしまった。

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