カラクリピエロ

久々知くんの恋人(10)


「…なんか、兵助が人形遊びしてるみたいに見えるな」
「言うな勘右衛門!一見怪しいが、本人楽しそうだから!」
「睨まれてるよ八左ヱ門」

パラ、と本を捲る合間に会話をしている二人も楽しそうだと思う。
私は文机の上でビシッと正座しながら、膝の上に置いた両手を握り締めた。

「痛くないか?」

反射的に頷くと、小さな笑い声と一緒に「動かないで」と言われてしまった。
そう言われても…緊張するし、久々知くんの指が耳とか首を掠めるのがとてつもなく恥ずかしい。

(こんなことなら、もっとお手入れに力入れておくんだった)

ぎゅうと目を瞑る。
髪の毛が攫われるときの感触に、またドキッとしてしまった。



◆◆◆



改めて、小さいなぁと思う。
油断したらすぐ力を入れすぎてしまいそうで怖い。
だからといって他の奴に役目を渡すつもりはないけれど。

名前は良すぎるほどの姿勢で背筋を伸ばし、身体を緊張させていた。
そっと髪を掬うときに覗く耳や、チラりと覗く首元が赤くて、俺は触れたくなる衝動を抑えるのに必死だ。

「――兵助、名前が着替える場所はあるのか?」

今まで静かだった三郎が発した声を理解するのに少し時間がかかる。
動いたままの手元を見ると、もうすぐ完成するみたいだ。

「…………この後ろとかどうだ?」
「埃っぽくない?」

きょろきょろして文机の上に立てかけてある本を示せば、いつの間にか三郎の手伝いをしていた雷蔵が、場所を確認して苦笑した。

「押入れとか。暗いかな」
「っていうかそこは駄目!おれ反対!」

ガタンと音を鳴らして身を乗り出した勘右衛門に気圧されて、名前が素早く瞬く。
すぐにポッと顔を赤くすると、何度も頷いて「やっぱり男の子って…」とブツブツ言い出した。

名前、」
「あ、うん、わかってる!」

なにが。
もうこの話題終わり、と一方的に話を打ち切った名前は赤い顔を自分の手で扇いで、ウロウロし始めた。

「簡単に衝立みたいの置いてくれれば…」
「…そうか。結局は俺が気をつければいい話だもんな」
「ん?」
「大丈夫、名前は心配しなくていい」

安心させるように笑うと、名前はつられたように微笑んで、礼を言いながら頬を染めた。

「――これと、これと、これな。帯はこれ。頭巾はいらないだろ?」
「わあ…すごい…ありがとう三郎!」

装束一式を嬉しそうに抱きしめる名前に、三郎はニヤリと口の端を上げて軽く手を振った。

「見返りは後で貰うさ」
「うん。わかった、絶対ね!」
「……兵助、お前もだぞ」
「ああ。助かった」

名前の答えに面食らったような顔をする三郎に笑いそうになったものの、懸命に堪える。
やっぱり名前は強いなと思いながら、彼女の頭を撫でる代わりに髪を掬った。

「さて、全員退室してもらおうか」

笑顔で言い放った俺に、存外素直に立ち上がってくれる友人たちにちょっと驚いた…と言ったら失礼だろうか。
名前はきょとんとしているけれど、簡単に設置した衝立を示して、着替えが終わったら呼ぶように告げた。

「これって結局衝立意味ないんじゃないの」
「……近くに壁がある方が安心なんじゃないか?」

授業の準備をしてくるかと自室に戻った『ろ組』の三人を見送って、勘右衛門と二人戸口の前であぐらをかく。

「兵助、昨日のこと何か思い出した?社壊したとか、地蔵倒したとかして呪いか祟りの類いでも貰ってきたんじゃない?」
「…いや、覚えがないな。名前とぶらつくついでに寺にお参りして、帰りに茶店に寄って、道祖神にお供えしたくらいだ」
「…普通にデートだね」
「だろ?」

事細かに名前が可愛かった様子を語ることもできるけど、それは独り占めしておきたい気もする。

「思い出し笑いなんてやらしー」
「なんだそれ――と、開けるぞ?」

トントン、と戸口が叩かれる音と微かに俺を呼ぶ声がしたから、勘右衛門との会話を中断して中に声をかけた。

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