カラクリピエロ

久々知くんの恋人(9)


竹谷が「寝床だ!」と張り切って見せてくれたそれは、とても立派な巣箱だった。
鳥やネズミを飼育するためのアレだ。

無言になる私をよそに、竹谷が嬉しそうに中身を見せる。
中には綿や端切れ、くしゃくしゃになった紙がごちゃっと――

「私はネズミじゃなーーーい!!」
「なんだよ、藁のがよかったか?」
「そういう問題じゃないの!」

呆れ混じりに怒る私に、竹谷は困った顔をする。
私を小動物扱いしてることそのものが悪いんだって、どうして気づいてくれないの。



◆◆◆



「まぁまぁ、とりあえず入ってみろって。案外寝心地いいかもしんねぇだろ?」
「なんなのその自信……いいよ、わかった。体験した上で言えば文句ないんでしょ」

八左ヱ門が作った巣箱を前にして、肩を怒らせる名前は不機嫌そうな顔をしながらも中に入って行った。
ガサガサ音を立て、中身を掻き分けて懸命に潜っていく。

寝床なのに潜るってどうなんだろう。苦しくないのか?

頭からつっこんでるんだから当然なんだけど、納まりきってない下半身が気になるというか……

衝動でバサッと上からかけた大き目の布で、名前もろとも巣箱が隠れる。

「ちょっ、兵助なにしてんの!」
「え!?暗い!なんで!?え?」

くぐもった名前の声が焦りを帯びたことでハッとした。
勘右衛門が俺の手から布を取り上げたけれど、勢いがつきすぎたのか、巣箱が引っかかってガタンと横に倒れてしまった。
あ、と声を上げた俺たちに混じって名前の悲鳴。

名前!」

慌てて覗き込むと、入ったときと同じように音を立てて名前が這い出てきた。

「な、なんでぇ…?」
「ごめん。ごめんな」
「……やっぱりやだ、この巣箱……」

髪の毛をくしゃくしゃにして(しかも、何か引っかかってる)、涙目で両手をこっちに伸ばしてくるから、俺は一瞬どう動くか迷って緊張しながらその手を取った。

親指と人差し指で、つまむように。心中で繰り返しても力加減がわからない。

力を入れてるのかどうかの強さでゆっくり引くと、名前は八左ヱ門が敷き詰めたらしい床材と一緒に外へ出てきた。
名前が身体にまとわりついている布やら綿をバタバタはたき落とし、申し訳程度に結んでいた髪を解く。
その一連の動作を見守りながら、髪に引っかかっていたものをそっと取り除いた。

(…綿だったのか)
「あ、ありがとう」
「ん?いや……ごめん、さっきの俺だ」

不思議そうに首を傾げる名前に、自分が布を被せたことと、それが原因で巣箱が倒れたことを説明する。
案の定、なんで?と問い直された。

「…………それは、言えない」

誰にも見せたくないっていうのもあったけど。
――触りそうになったから、なんて、言えるわけない。

「ともかく!名前の寝床は俺が用意する!」
「俺の作ったこれは!?」
「それは生物委員会に寄付する」
「おま…、そりゃ、あっても困んねぇけど……」

自信作だったらしいそれを手にがっくり項垂れる八左ヱ門には悪いけど、巣箱から出入りするたびに名前がこうしてくしゃくしゃになるなんて、目の毒だ。

「竹谷、それ、やっぱり私に頂戴」
「さっきいらねぇって言ってたろ」
「使うのは私のペット。だめ?」
「…まぁいいか。あとで入れ替えとく」
「やった、ありがとう!」

嬉しそうに笑う名前の乱れた髪を指で掬う。
名前が使える大きさの櫛なんて持ってないし、加工するにしたってそんなに手先が器用なわけでもない。
タカ丸さんに…いや、それは最終手段にするとして、まずは俺が――

「ん?なんだ?」

じっと注目されていることに気づいて顔をあげると、やれやれ、と溜息を吐かれた。
なんなんだと思ったが、名前が真っ赤になって気まずそうに俺から目を逸らすから、彼女にとっては照れくさいことなんだろう。

その様子は可愛らしいから、やめる気なんてさらさらないけど。

「勘右衛門、そこの抽斗から櫛出してくれ」

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