カラクリピエロ

久々知くんの恋人(8)


私の衣装問題は、なんと三郎が解決してくれるらしい。
地道にチクチク縫うはめになるかと思っていたから本当に感謝しきりだ。
先回りで色々動いてくれる久々知くんにも。

「味噌汁か?」
「!? ううん、違うよ!?」
「遠慮するな」

じっと見ていたから、勘違いされたらしい。
空いた匙を使ってお味噌汁を掬った久々知くんが、それを私の目の前に持ってくる。

……無理。絶対溢す。
もし溢したら、今現在唯一の着物が悲惨なことになってしまう。
遠慮じゃなく首と手を振って、全身で辞退させてもらった。



◆◆◆



食事を終えて一度部屋に戻る。
落ちつかな気に文机の上をウロウロする名前を見ていたかったが、今は彼女の衣装の元になる端切れを探すのが先だ。

「兵助、これでいいんじゃない?これならおれの分もあるし、足りなければ雷蔵たちにも貰えるしさ」

勘右衛門が取り出したのは、自分たちで制服を補強するときの布だ。
そうだなと頷いたところで三郎をはじめとした『ろ組』の三人が到着した。
それはいいとして、やけに荷物が多い気がする。

「よくわからなかったから、適当に呪術系の本」
「俺は名前の巣――じゃなくて、寝床?でも作ろうかと思ってな」
「で、私は裁縫道具一式だ。名前、こっちに来てまっすぐ立て」

どさどさ、ガチャガチャと騒々しい音を立てて部屋が一段と狭くなる。
だけど、なんだか俺は嬉しくて…堪えきれずに笑ってしまった。

「よかったな、名前

肩にかけている布をぎゅっと握り締め、名前がこくりと頷く。
急いで目元を拭う動作をして、小走りに三郎の方へ向かった。

「身長だけ?」
「他のは元のサイズから割り出すさ」

名前に細長い棒を添え、大きさを測っていた三郎が勘右衛門の問いかけにあっさり答える。
たが…それは、元のサイズを知ってるってこと、だよな?

「兵助、それ図書室の本だから丁寧に扱ってくれる?」
「…………」
「どうせ目測だって。いいじゃねぇか、役に立ってんだから」
「わかってるけど…」

釈然としない。
眉間に皺を寄せたまま、書物の文字を追う。内容が全然頭に入ってこない。

――これじゃあ俺が役立たずだな。

溜息をついて机に頭を乗せる。
俺と同じく本を漁っている雷蔵の隣で、八左ヱ門は虫かごのようなものを作り出していた。

「久々知くん、どうしたの?」

かすかに前髪に触れられる感覚に頭を動かすと、身体を傾けて俺を覗き込む名前が。

名前…」
「ん?」

人差し指を出せば、くすくす笑いながら名前がそれに触れる。
やんわりと指を近づけてそっと名前の頬を撫でると、彼女は照れくさそうに目を閉じて頬を摺り寄せた。

「っ、それは…卑怯だろ…」

名前が不思議そうに瞬いたのを見届けて顔を伏せる。

足りない。
全然、足りない。名前が。

髪をなでて、口付けをして、思い切り抱き締めたい。
できない代わりに自分の手のひらを握り締め、きつく目を瞑った。

「久々知くん?」

俺は今、きっと情けない顔をしてるだろうな。
そう思いながら頭を起こすと、ドサッと音を立てて顔の横に本が積みあがった。

風圧で乱れる髪を押さえる名前を視界の端に入れつつ、本の運び主――雷蔵に目を向けた。

「兵助、サボってないで調べてよ。良さそうなのあったら試すんだから」
「…試す?」
「薬でも呪文でも、なんでも」
「苦い薬はあんまり飲みたくないなぁ」

ポツリと呟く名前には悪いけど、少しでも可能性があるなら試してもらうしかない。

「絶対戻してやるからな。……俺のためにも」
「うん。私も、昨日のこと思い出してみる!」

気合を入れた俺につられるように、名前が両手をぐっと握る。
なんでも昨日のことを振り返ることで原因がわかるかもしれないから、とのことだ。

昨日…昨日は一緒に学園の外まで出かけたな。

記憶を振り返りながらパラ、と手元の本を捲る。
――呪殺の法…………雷蔵、こんな物騒な本、図書室に置いといていいのか?

「――兵助のため比率のが高い気がしてきた」
「それで名前が戻るならいいんじゃないかな」
「そうそう。小さいのも可愛いけど、やっぱり物足りないよ……ところで八、それ虫かごに見えるんだけど」
「え、駄目か!?」

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