カラクリピエロ

久々知くんの恋人(7)


――それは、例えばどんな風に?

勘右衛門の言葉を反芻しながら、自分から行動する様を想像してみる。
いつもしてもらうみたいに、手を繋いだり、髪をなでたり、抱き締めたり……?

「うわっ、名前!?」
「…茹で上がったな。何を想像したんだ」
「さ、三郎には関係ない!」

焦る勘右衛門と、私をまじまじと観察しながら述べる三郎を精一杯睨みつける。

「なんかさ……信じられないのに信じちゃうって感じ……」
名前そのものだもんなぁ」

苦笑する不破くんに、溜息交じりの相槌を打つ竹谷。
竹谷はいきなり私の横に湯のみを持ってきて「小せぇ」と改まって呟いた。
比較対象を置かれたことで自分の状態を突きつけられたようで、私は湯のみからそっと目を逸らした。



◆◆◆



名前を中心にしてのやり取りを耳に入れながら、食事の準備を整え終える。
みんなはまだ半信半疑かもしれないけど、空気がだいぶ和らいでいることを感じて軽く息を吐き出した。

「――名前、おまたせ」
「く、久々知くん!」
「? なんだ?」

ぐるん、と勢いよく振り向いた名前は顔が赤い。
大方さっきの会話が原因だろうけど、その意気込みようはどうしたんだろう。
正座の姿勢から僅かに前のめりになった名前はぐっと顔を上げる。

「戻ったら、その…」
「…………。…期待してるよ」
「え、わかったの?」
「べったりしてくれるんだろ?」
「いやそこまでは!」

緊張から驚き、焦りへとコロコロ変化する表情に笑っていたら、周りから無駄に大きな溜息が聞こえた。
発信源は誰なのか、もしかしたら全員だったのか。
わからなかったけれど、まぁ比較的聞きなれてしまったものだから今更気にしない。

「足りるか?」
「むしろ多いかも…」
「残ったら俺が食べるから名前は好きなだけ食べればいいよ」

言うと彼女は俺を見上げ、照れくさそうにはにかんで頷いた。
それを見て俺もなんだか嬉しくなって口の端を上げる。

名前がちゃんと食べられるかを見守っていたら、そんなに見られたら食べづらいと困ったように言われてしまった。

「箸がないと食べにくいよな」
「…実はちょっとだけ。でも仕方ないし、こうやって食べられるだけ充分。そういえば、久々知くんが来てくれなかったら空腹で行き倒れてたかもしれないね」

明るく、極めて軽く言われたけれど、それは…ものすごく嫌だな。
自分の想像に黙り込む俺に、名前は「そうしたら食べられる草探しに大冒険かな」と笑う。

――不安で震えて泣きそうになっていたのに?

つい指摘したい衝動に駆られたが、名前ならその不安を吹っ切ったあとはその言葉通り行動していただろうとも思う。

「久々知くん?嫌いなものでもあった?」
「…いや、第六感を鍛えようかなって」
「え、どうやって?」
名前センサーだけでもいい」

食事の手を止めて、疑問符をいっぱい浮かべる名前に微笑む。
名前は驚いたように僅かに目を見開いて素早く瞬きをすると、ほんのり頬を染め、顔を伏せてしまった。
こみ上げる愛しさに抱き締めたくなる。どうしたって今は無理だけど。

「……なあ、いつもよりベタベタしてるように見えんのは気のせいか?」
「八左ヱ門にもそう見えるんだ、よかった僕だけじゃなくて」
「兵助が原因だと思うなーおれ」

お茶を片手に談笑する声で、そういえばいたな、と薄情なことを考える。
俺を囲むように座りなおされた状態のままだったからか、顔をあげると一気に視線が集中した。
途端に居心地悪く感じて、名前が食べづらいと言った気持ちがわかった。

「兵助、端切れは持っているのか」
「なんだ急に」
「いくら私でも材料がなくては何も作れないからな」
「…請け負ってくれるのか?」
「すぐに要り様では私しかいないじゃないか」

三郎は俺から目を逸らし、かといって名前を見ているようでもない。
わざとらしく音を立てて茶を啜る三郎に苦笑して、そうだなと相槌を打った。

「あとで奢れ」
「ああ、ありがとう」

豆腐以外だからな、とすぐに釘を刺してくる三郎を不思議そうに見やる名前に、装束の用意ができそうだと教えた。

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