カラクリピエロ

エイプリルフール


――エイプリルフールの定番ネタと言えば、“嫌い”で相手をびっくりさせることじゃない?

昨日交わした話を思い出しながら、ソファでくつろいでいる兵助くんをチラ見した。

音にしたら、たった三文字。
だけどそれは言おうとしたそばから消えて、とても形になりそうになかった。

逆に…好き、って言ったら…これにもエイプリルフールは適用されるんだろうか。
そんなことを考えていたら急に笑い出した兵助くんが自分の隣を叩き、私を手招いてくれる。
呼ばれるまま隣に座り、ドキドキしながら寄りかかれば腰に手が回って、ぐっと彼のほうに引き寄せられた。

「…言いにくいことか?」

くすくす笑う声が近い。
バレバレだった恥ずかしさも相まって少し離れたかったけど、その行動も読まれていたのか更に密着度が増しただけだった。

「…………」
「ん?」

優しく先を促してくる彼をじっと見る。
やっぱり音は形にならず、寄りかかりながらゆるく息を吐いた。

名前?」
(冗談でも…無理だなぁ……)

だからってせっかくのイベント日、何も嘘をつかないのはつまらない。
何か気楽で、すぐ冗談ってわかってもらえるような――

「あのね…」
「うん」
「…………私、ホラー平気になったんだ!」

ぱっと目に入った文庫本(兵助くんの)から思いついた嘘を口にする。
これならすぐに撤回しても“だと思った”で済ませてくれるはず。

なのに。

「それならちょうどいいか」
「………………え?」
「昨日、八左ヱ門が貸してくれたDVDあるから一緒に観よう」
「え!?」
「そのうち一人で見ようかと思ってたけど、克服したんだな」

にこやかに笑う兵助くんがゆるく私の背中をなでて離れる。
戸惑って固まる私をよそに、デッキを引っ張り出してあっという間にディスクをセットしてリモコン片手に戻ってきた。

ぎゅっとソファの端へ追いやられ、軽く体重をかけられる。
さりげなく逃げ道を塞がれてないだろうか。
と、それを実感する間もなくピッと機械が動いて提供会社のロゴが――

「あ、飲み物いるか?」
「! そ、それよりリモコンください!!」
「だめ」

いつもなら見とれる微笑みなのに、リモコンを遠ざける今だけは憎らしい。
早く止めないと始まっちゃう、と焦って腕を伸ばす。あとほんの少しで指が届くのに、この絶妙過ぎる距離がじれったい。

「ほら、始まるぞ?」
「だって嘘なのに…!」
「知ってるよ」

――今、なんて?
ぴたっと動きを止めて見上げると、やわらかい微笑みが降ってくる。
そのまま私の髪を梳いて頬をなでると、再度画面を見るように促された。

(嘘って知ってて、見ろと!?)

抵抗するように彼の服を握る。
驚いたのかわずかに目を丸くした兵助くんは何度か瞬いてくすりと笑うと、そっと私の額に口づけを落とした。

「……俺のも嘘だから」
「え」
「DVD、本当は犬の映画なんだ」

名前は犬好きだろ?って微笑みながら聞かれてジワジワ顔が熱くなる。

「…兵助くん、今日はエイプリルフールだって、知ってた?」
「それは…うん。名前がそわそわしてたのもそれでだろうなって」

映像は勝手に先へと進んでいるようで音声が聞こえてきたけど、それどころじゃない。
私だけが一人で焦ってばたばたしてたんだと思ったら妙に悔しくて、なんとかびっくりさせたくなった。

兵助くんが驚くような――、何か。

名前、そんなに真剣にならなくても」
「――……好き」
「っ、」
「今日は、嘘をついてもいい日で…だ、だから、」
「……だから…別に嘘つかなくてもいいんだよな」
「ん、ぅ…ん…っ」

ふっと笑った兵助くんに気を取られた次の瞬間にはソファに押し倒されて、そのまま唇を塞がれていた。
呼吸もできないくらい激しい口付けに頭がくらくらする。
ぼやけて見える兵助くんは私の目尻と頬に軽くキスをしてどこか嬉しそうに笑う。

名前の嘘はわかりやすくていいな」
「…………」
「おろおろして目を合わせなくなるのも可愛い」
「…………嘘じゃ、ない」
「知ってるよ。俺も…名前が好きだ」

話をすり替えられたような気がしながらも、耳元で聞こえる甘い言葉にドキドキしてどうでもよくなる。
いつの間にかテレビが消えてるとぼんやり思いながら、すぐそばにある心地良い体温に身を寄せた。





「よっ、兵助!昨日は“嫌い”って言われた?」
「…名前に吹き込んでたのはそれか?」
「やだなー、定番だよねって話しただけじゃん。で、どうだった?」
「好きって言われた」
「は?」
「やっぱり…何度聞いてもいいもんだよな…名前もいちいち可愛いし」
「あーーーーー、ありがとう兵助。もういいや」
「俺は話したい」
「いいって言ってるだろ」




尾浜くんの“二人をからかって遊ぼう”作戦失敗。DVDも後でじっくり堪能しそう。

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