カラクリピエロ

ネクタイを締めさせる

※久々知視点





教えてあげるから、と名前を腕の中に抱き込み結び目に指をかける。
密着した身体がびくりと跳ね、反射的に逃げようとした名前はその行動をネクタイによって止められた。

――まあ、これがなくても俺のせいでどっちにしろ動けなかっただろうけど。

ぐっと声を詰まらせたのがわかって自分の喉から笑いがもれる。名前はそれを耳にして微かに不満そうな気配を滲ませた。

「久々知くん…」
「ん?」
「…楽しんでるでしょ」
「すごく。ここが外じゃなかったらよかったのにな」

ネクタイを解きながらわざと耳元で囁くと、名前の耳はあっというまに真っ赤に染まり、俺の腕を掴んできつく握った。それから無理やり動いて横を向き、解けかけたネクタイを俺の手から引き抜く。

「ま、前からにして」

必死な様子に今度こそ声をだして笑う。
強引に動く名前を止めようと思えば止められたけど、止めなくてよかったかもしれない。

ゆるんだタイにもう一度指を引っ掛ける。解くためにそのまま引いたら、動きが予想外だったのか名前まで一緒に倒れてきた。
小さく悲鳴をあげて俺の腿に手をついて踏ん張る名前と目が合う。
くす、と笑った俺に困ったような照れ笑いを返すから、衝動に任せて軽く口付けてしまった。

「っ、ここ、中庭!!」
「……うん。今度は気をつけるから、もう一回だけ」
「なんかそれ変じゃない!?」
「変じゃない」

掴んだネクタイを強く引いてわざと音を鳴らす。
直後に名前は俯きながら俺を力いっぱい押して「ばか!」と珍しい文句を口にした。

気を取り直して、真面目に(それなりに我慢もして)レクチャーしてるつもりなのに、名前は難しい顔をして「覚えられない…」と訴える。
教え方が悪いのかと聞けば首を振り、眉尻を下げた表情で俺を見上げてきた。
それから躊躇いがちに額を俺の胸に押しつけてくる彼女。
その一連の動きにつられ、腕を回して抱き寄せる俺の耳に、苦笑混じりの謝罪が届いた。

「? 名前?」
「やっぱり…ドキドキしちゃって全然だめ。集中できないんだもん」

言うなりパッと頭を上げて離れようとした名前は、俺の腕が回っていることに気付いて頬を染めた。

「こ、ここでサッと立ち去りたかったのに!」
「なんで?」
「…………恥ずかしいから」

ポソポソ呟く彼女が可愛くて更に強く抱き締める。
名前は目を泳がせて唇を噛むと、「これ返すの少し待って」と言って、顔を隠すように元の位置に戻った。

キスは駄目で、こうして抱き締めるのはいいのか。
彼女の髪を撫でながらそんなことを思ったけど、聞いたら「だめ」って言いながら逃げられそうだ。
それは勿体無いよなと思い直し、その問いは自分の胸にしまっておくことにした。

「――あれ、兵助…なんか、いつもと違う?」
「? 何か変か?」

休み時間になった途端に姿を消した名前を捜していたら、代わりに雷蔵と遭遇した。
出会いがしらに指摘され、首をかしげて返せば雷蔵は考え込む仕草と共に唸り始め、「そっか」と一人で納得して笑った。

「なんだ?」
「ネクタイどうしたのさ。朝はしてたよね?」
「ああ……名前に貸してるんだよ」
「…あれやっぱり兵助のだったんだ」

違ってたらどうしようかと思った、と苦笑する雷蔵にどういうことかを問いかける。
聞けば名前は押しかける勢いで隣のクラスを訪問し、三郎を捕まえて“ネクタイの結び方”を教わっているらしい。

「…さっき見たときはいなかったけど」
「うん。名前、兵助が見えた瞬間に隠れてたからね」

なんでだ。
隠れる理由が全く思い浮かばなくて黙り込むと、教室の方へ目をやった雷蔵が「あ」と声を上げた。

「やったー!ありがとう三郎!」
「お前には二度と教えたくない!!」
「次は久々知くんに教わるから大丈夫ですー!不破くんも協力ありが…………」

教室から出てきて、にこにこ笑顔を途中で止めた名前に、俺が代わりに満面の笑みを返す。
逃げられないようその腕を掴み「やっと見つけた」と告げれば、彼女はハッとして逆に俺の手を握ってきた。

「私、できるようになったよ!」
「え?」

戸惑う俺に嬉しそうに笑って、ポケットから畳まれたネクタイを取り出す。

「屈んで屈んで」
「あ?ええと、こうか?」
「そうそう」

シュルと布の擦れる音がして、首の後ろが少しくすぐったい。
名前はにこにこしたまま手元でタイを操り、時々動きを止めながらも懸命にそれを形にしていた。

彼女が真剣に取り組んでいるのをいいことに、名前の髪を掬い取り指先に絡めて遊ぶ。

「…………ん、あれ?」

いよいよ完成という段階で名前が首をかしげ、おかしいな、と呟いた。

「どうした」
「曲がっちゃう…」

むっと不満そうな顔で結び目に顔を近づける名前に笑って前髪を梳くと、弾かれたように顔を上げた。

「慣れれば上手くなるよ」
「…うん…………って!!」

こくりと頷いたかと思えば俺の制服をがしりと掴み、キョロキョロしながら顔を赤くしていく。
――うん。ここ、廊下なんだよな。

「……ようやく気付いたか」
「結局終わるまで気付かなかったね」

呆れ顔で廊下に顔を出す三郎に雷蔵が苦笑しながら答える。
それが追い討ちになったのか、名前は無言で身を縮みこませて俺の腕にしがみ付いた。

「…………ごめん…ね」

俺は全然気にしてないんだけどな。
今にも消えそうな声で俯く名前を見下ろしながら上機嫌で彼女の手を外し、指を絡めるようにして握り締めた。

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