カラクリピエロ

生物委員会(33)



そろそろ行こうと促したのは私だったのか、彼だったのか…先に立った久々知くんが差し出してくれる手のひらに捕まりながら、ぼんやりと考える。
身体全体、特に顔が熱くて足に力が入らない。
ふらつく私を抱えるように腕が回されて、心臓が跳ねる音を聞いた。今日だけでもう何度目だろう。

「歩けるか?」
「…うん。ありがとう」

照れくささから、久々知くんの顔を見ることができずに俯いたまま答える。
微かに聞こえた笑い声と、私の頬を撫でていく手のせいでますます体温が上がった気がした。

名前

私を呼ぶ声が優しい。つられてちらりと目を動かせば、微笑みとぶつかってそっと額に口づけられた。
小さく息を呑む。熱は引かないままだし(むしろ上がった気もする)声も上手く出てこないし、額に手をやりたいのにゆるく抱きしめられている状態で身動きできない。
久々知くんはくすくすと楽しそうに笑って私の頭――後頭部に触れた。

「…………帰りにさ、寄り道してってもいいかな」

髪から背中へ、ゆっくり移動する手のひら。伝わってくる温かさが心地良いと思うのに、同じくらい落ち着かない。
衝動のまま久々知くんの肩に顔を押し付けて腕を回し、しがみつくようにして着物を握った。
ゆっくり息を吐きながら目を閉じれば、久々知くんは撫でる動きを止めて私の腰元で手を組んだ。

「久々知くん…私、どうしよう」

今までと同じく、触れるのも、触れられるのも恥ずかしい。照れくさい。
すぐ赤くなるのが自分でわかるし、ドキドキしすぎて苦しくなる。
なのに――それを無視してでも久々知くんに触れたいと思って、こうして実行してしまってる。“かもしれない”じゃなく、私は本当に変になってしまったんだと思う。

思ったことをそのまま口にしていたら、微かに息を呑む気配。

「あー……っと……、名前?」
「ご、ごめん。こんなの、言われても困るよね」
「確かに…困る。俺は、相当脆いって自覚したばっかりなんだから」

離れようとした私を留めるように、久々知くんの力が強くなる。
ぎゅう、と苦しいくらい抱きしめられて、困ると言われたのにすぐ気にならなくなった。

着物を離した手を彼の背中に添える形に置いて、少しずつ力を抜くと微かに笑う気配がした。

「今の名前が変だって言うなら、俺はとっくの昔に変になってるよ」
「久々知くんも?」
「――……好きな子には触りたくなるんだってさ。だから、全然変じゃない」

軽くこめかみのあたりに唇が触れる。
思わずびくついて両目を閉じれば、今度は目じりに口づけられた。

「……むしろ、名前がそうなってるのは嬉しいんだ」

囁くように言われて無意識のうちに久々知くんの着物を握る。
僅かに離れた気配にそっと瞼を上げると間近に彼の顔があって、ますます指先に力を入れてしまった。
言葉通り、嬉しそうに細められた目とほんのり赤くなった頬は、私の心臓を壊してしまいそうなのに――見惚れて、なかなか目が離せなかった。

「けど、俺は名前に行動されると、もっと触りたくなる」
「もっ…と…?」
「うん」

久々知くんの親指が私の唇に触れる。
ドクンと大きく跳ねた鼓動を自覚しながら、緩やかに閉じられる瞳を見て久々知くんのまつ毛はやっぱり長いなあと全然関係ないことを考えていた。

「――寄り道って、どこに行くの?」
「勘右衛門のおつかいで甘味屋にな」

なかなか熱がおさまらず、火照る顔を俯けたまま問いかけると、久々知くんは面倒くさそうに溜息をついてそう言った。
彼に手を引かれるまま、甘味屋で少し気分を切り替えられるだろうかと頬を押さえる。
町への道を辿りながら「店は名前が知ってるって言ってた」と告げられて、つい間抜けな声をあげてしまった。

こっちを振り向く久々知くんと目が合って、また顔が熱くなる。
せっかく治まりかけていたのに、すぐにさっきの口づけを思い出して駄目だった。
――あんなに、何度もすることないのに。

「顔、まだ赤いな」
「きゃあ!?」
「驚きすぎ」

くっく、と楽しそうに笑って隣に並ぶ久々知くんをつい睨むように見る。
久々知くんが空いた手を口元に添える動きで、彼の唇についた傷が目に入り、ますます記憶が鮮明に――今すぐしゃがみこんで、そのまま地面に埋まってしまいたい。

「…無理強いはしないから安心して……って言うのも変か。ともかく、名前が嫌がることはしない…ように、気をつけるから」
「う、うん」
「いざってときは遠慮しなくていいからな」
「? うん…」

いざというとき、と言われてもピンとこなかったけれど、ちゃんと聞いてたという意味を込めて頷いた。
それよりも、久々知くんの傷が早く治るといいと思う。
“見るたびに思い出して”と、言われたときはまさかこんな風にはっきり思い出すことになるなんて思ってなかった。

(…………今日も眠れないかもしれない)

それどころか委員会活動もちゃんと参加できるかあやしい。
寝るときはともかく、それは困る。やると決めたからには中途半端にしたくない。

頭を振って、なるべく思考を切り替えられるようにと無理やりさっきの――甘味屋のことに話を戻した。

名前が学級委員長委員会の体験で行ったところらしいけど。覚えてる?」
「…あのお店のお菓子は美味しいよね」

言われたことで学級委員長委員会に参加したときの色々を走馬灯のように思い出したせいで、乾いた笑いをこぼしながら頷きを返していた。

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