カラクリピエロ

生物委員会(閑話:久々知・前編)



なかなか落ち着かない鼓動を感じながら、原因である彼女を抱きしめる。
名前の不意打ちにはいつも驚かされているけど、抱きつきながらの『大好き』は反則じゃないのか。

彼女のぬくもりと背に回されている腕を意識して、また心臓が大きく脈打った。

――名前は言葉では驚くくらい積極的な反面、行動…こと接触に関しては消極的だ。
手を繋ぐだけで頬を染める名前は可愛いし、照れながらも嬉しそうな反応を見せるから、それを見たいがために行動したこともある。

ただでさえ色々こらえるのが辛いと自覚したところだったのに――行動まで積極的になられたら、どうなるかわからない。

名前が向けてくれる純粋な想いと、彼女自身を大事にしたいと思う片隅で……汚して滅茶苦茶にしてしまいたいという凶暴な衝動がある。今までもうっすらあったような気はするが、こうまではっきりと意識したのは初めてだ。

「…久々知くん?」

名前の声で反射的に身体が震える。
瞬きをして焦点を合わせれば、名前は戸惑いがちに瞳を揺らして俺を見ていた。

途端、ドクと心臓が音を立てる。
以前よりも近づけた気がするのに、今度は近づきすぎて壊しそうなのが怖い。
俺自身、名前が絡むと無意識に動くことがあると知っているから尚更だ。

わきあがる衝動を誤魔化すように一度目を瞑り、思いつくまま話題を振った。

「――…聞きたいんだけど、いつ浦風とそんな話になったんだ?」
「え。えーと…………私が焔硝蔵で打撲つくった時…久々知くんが医務室に来る少し前かな」

委員会中の話題にしては違和感があると何の気なしに聞いてみたら、さらりと返されて瞬時にその時のことを思い出した。
知れず、名前を抱き寄せる腕に力を入れて肩口に顔を埋める。
びくりと震えた彼女の背に触れながら傷の具合を聞いてみれば、ぎこちなく「だいじょうぶ」と漏らして俺の着物を握った。

「もう、すっかり治ったよ」
「……そうか…よかった」

その返事に安堵して、名前の発する照れたような声音に愛しさと小さな悪戯心が湧いてくる。
きっと赤くなってるんだろうなと思いながら顔を覗き込もうとしたのに、名前が俺の胸に顔を押し付けてくるから…一気に余裕よりも動揺の方が強くなった。

名前、」
「あ、ごめん」

上擦りそうになる声を抑えて呼びかければ、彼女がぱっと顔を上げる。その瞳に射抜かれて、自分でも何を言いかけたのか忘れてしまった。
ぐらぐらと揺れて、すぐにでも崩れ落ちてしまいそうな理性をなんとか繋ぎとめる。

身体を起こして距離をあける名前に助かったと思いながら、やっぱり惜しいとも思う――前にも増して気力の消費が激しそうだと溜息をつきたくなったところで、危うく名前の話を聞き逃しかけた。

「で、藤内が責任感じちゃってね。“僕が先輩をもらいます!”って――」
「…は?」
「――言ってくれたんだけ…ど……あれ、久々知くん?」

サラリとなんでもないことのようにこぼす名前の両腕を捕まえて、探るように瞳を覗く。
きょとんと見開かれた双眸が数回瞬いて、徐々に恥ずかしそうに伏せられた。
その仕草は可愛いけれど、内心では色々な感情が渦巻いてどう言ったらいいか複雑だ。

嘘については問題ないどころか嬉しかったのに、それに至った原因が浦風からの求婚だったとは思いもしなかった。
名前は浦風を贔屓して可愛がっているものの、俺を引き合いに出したということは断ったんだろうというのもわかる。

(…………わかるけど)

どうしても、あっさり流すことができない。
後輩のことを思い浮かべて「藤内は先輩想いだから」と言って笑う名前に、感想はそれだけなのかと聞きたくなった。思うまま聞いてしまえばいいのに、それで名前が浦風を意識するのが嫌だなんて我ながら女々しい。

「――あの時…藤内のこと、だいぶ追いつめちゃったみたい」

俯きがちに呟く名前は、助けたつもりの後輩に気を遣わせたことを気にしているようだが――作法室でのやり取りや、綾部の告白を思い出して深読みする俺がおかしいんだろうか。

名前の頭に頬を寄せる。
戸惑いがちに呼ばれるのがわかったけれど、答えないまま彼女の両手を握った。
嫉妬だけじゃない…混ざりあって言い表せない感情を持て余しながら、小さく息を吐いた。

胸の中でモヤモヤとしたものが渦巻く中、なによりもはっきりしているのは――

(……俺が最初じゃなかったのが、気に入らないというか……)
「久々知くん…?」
「………………作法委員って、手ごわいよな」

溜め息交じりに呟いて、視界に入った赤い耳にそっと口づける。
途端、短く上がる悲鳴と跳ねる身体を直に感じてハッとした。

名前は顔を真っ赤にして小刻みに震え、両手をこれでもかというくらいきつく握りしめている。
俺が上から押さえるように握っているから動かせないんだろうな、と場違いなほど冷静に考えながら、胸の奥でゆらぎ始めた衝動に小さく警鐘が鳴り始めていた。

めいっぱい疑問符を浮かべる彼女に何を言おうか迷っているはずなのに、俺の手は勝手に名前の腕を引く。
さしたる抵抗もなく懐に納まる名前の肩と腰に腕を回す。ぎゅう、と思いきり抱きしめたら意図せず言葉がこぼれ落ちた。

「――…もう、名前は…俺のだ」

まるで子供の独占欲だと自嘲しながら、どこか開き直っている自分に気づく。
身じろぐ名前に気づいて力を緩めると彼女は少しずつ顔を上げた。
相変わらず赤い顔、潤んだ瞳。なにか言いたげに薄く開いた唇。たまらず指を這わせると名前が小さく息を呑んだ。

「絶対、誰にも…渡さない」

ほとんど囁くように言いながら覆いかぶさるように唇を塞ぐ。
手のひらと唇から伝わってくる微かな震え。触れ合う心地よさにくらりとしながら名前の後頭部を押さえると、微かに声が漏れ聞こえた。
鼻から抜けるようなそれにぞくりと背筋が粟立ち、体温が上がる。

頭の中で鳴り響く警鐘はすでにうるさいくらいなのに――離せない。
そればかりか柔らかさを確かめるように唇を食み、ほとんど無意識に吸いついていた。

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