カラクリピエロ

生物委員会(31)



照れくさくて顔があげられない。
なにげなく自分の唇に触れたら、“久々知くんと口付けを交わした”という実感が湧いてきて…そわそわする。

初めてで、ドキドキしっぱなしで、ほとんど覚えてないけど……嬉しい、と思ってる私がいる。

まだぬくもりが残ってるような気がして唇を軽く噛む。
すぐにその行動自体が恥ずかしくなって、ますます強く久々知くんの着物を握りしめてしまった。

無言の時間に耐えられなくて誤魔化すように久々知くんに同意を求めてみたら――ぐっと肩を抱かれ、久々知くんの顔が近いと思った次の瞬間には唇をふさがれていた。

触れて、すぐに離れた一瞬で、軽く唇を挟まれる感触。
背筋がぞくりとあわだつ感覚も合わさって、頭が真っ白になった私を見つめる久々知くんの目は、すごく優しい。

指の背で私の唇に触ったかと思えば、ふと困ったような顔をして、ゆっくり指を離した。

そうされている間もドキドキは全然治まらないまま。そっと抱き寄せられて、耳が久々知くんの心音を拾う。
…着物越しとはいえ、くっついてる耳に震動が伝わってきそうなくらい速い。

「…あんまり聞くな」

久々知くんは恥ずかしそうに言うけど、言葉とは逆に強く私を抱きしめる。
――胸が苦しい。
私はほとんど無意識のまま久々知くんの背中に腕を回し、しがみつくようにして彼にくっついていた。

「っ、名前、」

どくん、と大きく聞こえた心臓の音。
焦ったみたいに私を呼ぶ声。
――ときめきすぎて胸が苦しいなんて、久々知くんを好きになるまで知らなかった。

「……見てるだけで、よかったの」
「え?」
「たまに食堂で見かけたり、忍たまの校舎ですれ違えるとなんとなく嬉しくて…久々知くんが笑ってるとね、私まで楽しい気分になれた」
「…名前?」

不思議そうにする久々知くんが私の肩に触れたけど、今は顔を見られたくない。
引きはがされないように祈りながら、ぎゅっと彼の背に回した手に力を込めた。

「でも…それで満足してるならいいでしょうって、お見合いに連れていかれたとき…嫌だって、思った」

今回の話の最初から。順を追って話そうとして…やっと、気づいた。

――――私は、久々知くんに行動のきっかけを知られるのが怖かったんだ。

お見合いさせられるのが嫌で、それを止めるには久々知くんを連れていくしかない。
それが、はじまり。
段階を踏んで近づくつもりだったのが全然違うことになったうえに、今では同じ気持ちを返してもらえるまでになって……だからこそ、これを知った彼がどう思うのか…聞くのが、怖い。

――だけど、約束した。
全部話すと自分で決めたから。

今までのことや、母の出した条件、以前に久々知くんが見かけたという――母からの見合い予告の手紙についてを少しずつ口にする。
言葉はつっかえるし、うまくまとめられないしでお世辞にも聞きやすいとは言えないのに、久々知くんは相槌を打ちながら静かに聞いていてくれた。

「…お見合いが嫌なのは本当。だけど、久々知くんのこと、好きなのも、本当で…久々知くんを、利用しよう…、とか……そういうつもりは、全然……っ、」

震えそうになるのを抑えるのが精一杯で、ぎゅっと目を瞑る。
うまく声が出せないばかりか、泣きそうになるなんて。
最後まで言えない私を抱えるように、久々知くんが腕を回してくる。

「――名前が本気だってことは、ちゃんとわかってるよ」

ぽつりと聞こえた声と、力の込められる腕。
温かい手のひらで肩を叩かれるうちに、少しずつ力が抜けていった。

「確かに、最初は確認した気もするけど…名前はすぐ表情に出るし、態度もわかりやすいし……演技だったら逆にすごいだろ」

誤解されていなかったというのは嬉しいのに、ちょっとだけ複雑な気持ちになる。
だけど、久々知くんはすぐその複雑さを吹き飛ばすような言葉を足した。

「俺さ…、さっき、利用されてもいいなって思った」

小さく笑いながら言われて思わず顔を上げる。
私を見下ろす彼は微笑んで、目尻に軽く口づけを落とした。ちゅ、と微かに音が聞こえて肩が跳ねる。
久々知くんは私の両腕を掴み、離れるどころかもう一度――さっきよりも強く唇が触れてきたのがわかって恥ずかしい。

名前はいまいちわかってないみたいだけど……とっくに逆転してるからな」
「…なに、が?」
「俺の方が、名前のこと好きだってこと」

一気に身体全体が熱くなって何も考えられなくなる。
何か言いたくて口はぱくぱく動くけど、何も出てこない。思いつかない。
久々知くんはそんな私を見てくすりと笑うと、再び私を抱きこんで私の髪を撫で始めた。

「――…狐憑き、か」
「?」
「いや、急に名前が言ってたことを思い出したんだ。どうせならその線でいこうかと思って」

そんなこと言っただろうか。
…というか、“その線”ってどういう意味だろう。

聞きたがる雰囲気を察してか、久々知くんが力を緩める。
戸惑いがちに見上げる私に不思議そうな顔で「邪魔するって言ったよな?」と言いながら首を傾げた。

「次の休みじゃなかったら俺が先に挨拶に行けたんだけど……さすがに土壇場でそれは無理だしさ」
「あ…あいさつ……って、もしかして…、その……」
「うん。もちろん“名前をください”ってお願いしに――……赤いの、全然引かないな。耳も」

くすくすと楽しそうに笑う久々知くんが私の頬を撫でる。
指先が軽く耳たぶに当たって恥ずかしさが跳ね上がった。
唸りたくなる衝動を必死に抑えて、代わりに久々知くんの着物を掴む。なのに久々知くんはそれさえ邪魔するみたいに耳に触るから、つい変な声をあげてしまった。

「薄々そうだろうとは思ってたんだけど…弱いよな、ここ」
「よ、弱いとか、そんなんじゃ…」

久々知くんの指先から逃げたいのに、もがいても自分の腕が自由にできなくて焦る。
私を優しく抱え込むように回っていた腕が、今は動きを封じるために押さえ込んでいるからだと気付いて、衝動的に久々知くんの胸に頭を押し付けていた。

「や、だ……もう、いじわる!!」
「――、なんか……いたずらしたくなる気持ち、わかった気がする」

必死で抗議する私から目を逸らし、なぜか頬を染める久々知くん。
ゆっくり離れていく手にようやく一息つけると思いながら、よく聞こえなかった呟きを教えてもらおうとしたのに、ぎゅっと胸元に押し付けられて無理だった。

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