カラクリピエロ

生物委員会(29)



町の賑やかな雰囲気とは裏腹に、先へ進むにつれて私の心臓は緊張で少しずつ速くなっていく。
さっきまでは話す気満々…という気持ちになっていたのに、どうしてこんなにドキドキしてるんだろう。

周りの雑音よりも自分の心臓の音の方がよっぽど大きく聞こえて、心なしか指先が冷たい。
胸元を握って浅く呼吸を繰り返していると、空いていた方の手を握られて驚いた。

「…顔色悪いぞ。少し休んだ方が」
「だ、だめ!」

勢いで久々知くんの手を握り返しながら首を振る。今を逃したら、ますます言えなくなってしまいそうで怖い。

「……ごめん、大丈夫だから」
名前……」

心配そうに向けられる目を見返すと、久々知くんは困ったように笑った。

「それなら……地図、見せてくれないか」
「これ?」

ときおり確認で見ていたそれを取り出して彼に渡す。
作兵衛の書いてくれた地図はそれほど細かいものじゃなく、わかりやすい目印と大雑把な道くらいしか書いてない。
立ち止まり、町の景色と見比べていた久々知くんは一つ頷いて私の手を引いた。

「こっちから行こう」
「え!?」
「近道」

言うなりひょいと脇道に逸れ、雑踏が遠ざかる。お店の裏側や細い道は人通りがなく、静かで薄暗い。
不意に足元を何かが掠めていき、思わず久々知くんの手を力いっぱい握りしめてしまった。
振り返って確認すれば、私をからかうように「にゃあ」と小さな鳴き声。

「…怖い?」
「猫にびっくりしただけ…………ほんとだよ?」

さすがにこれが夕方だったり鬱蒼とした森の中だったら堂々と“怖い”と返すと思う。
だけど、まだ明るい時間帯で、なにより一人じゃない。

じっと見つめられ、そわそわしながらそう伝える。

「無理してないな?」
「うん」

念を押すような問いかけに頷くと、納得してくれたのか歩みを再開させる。
しっかり私の手を握り直す久々知くんにドキドキした。
冷たく感じた指先もすっかり温かくなっている。

なんだかものすごく大事にされている気がして、胸の奥がくすぐったい。

「――この辺のはずだけど…」

その言葉に顔を上げ、思わずあたりを見回す。
いつの間にか町を通り抜け、出入口からも少し離れた場所に立っていた。いくらなんでも、ちょっとぼんやりしすぎじゃないだろうか。

「…………」
「久々知くん?」
「実習にでも使ったのかな」

足元を見下ろしていた久々知くんは、ぽつりと呟いてしゃがむと、平たい石の上に散らばっていたものを指でつまんだ。
色とりどりのお米――なんだか組み合わせが複雑すぎて読めないけれど、暗号だ。

「…読める?」
「――解読法が学園のと一緒なら“金楽寺へ”って書いてあるみたいだ。ちょっと欠けてるから、実際は少し違うかもしれないけど」

つまんでいたものを元通りにして、膝を払って立ち上がる。
久々知くんの説明を聞きながら、その一連の動作にも見惚れていた私は、声を掛けられて大袈裟なくらい跳ねた。
それから、かあっと顔が火照る感覚。

「? どうした?」

きょとんとした顔で聞かれて唇が震える。
――久々知くんがかっこよくて見惚れてました。
頭の中を埋める答えは音になることなく、それどころか私は首を振って答えるのを拒否していた。

なんでもないと言ったところで、挙動不審な時点で充分怪しいのに。

案の定、久々知くんは不思議そうに一歩近づいてくる。
私は動けないまま。頬を優しく撫でられて、首を竦めながら反射的に両目を閉じた。

「…こっちの方が、ずっといいな」
「え…?」
「顔色。蒼ざめたままじゃ、さすがに連れていけない」

促され、さっきの平たい石の傍を見れば無造作に転がっている地蔵がある。
作兵衛から聞いていた通り、大きさも生首フィギュアくらいだった。

ということは――この雑木林を抜ければ、目的地。

「…………待たせて、ごめんね」
「――全部話してくれるんだろう?」
「うん。…だから、その…」

頬に添えられたままの手を外してほしい。
目線を久々知くんの肩のあたりでうろうろさせ、着物を軽く引いてみる。
予想とは逆にぐっと近くなった距離に息を呑んだ直後、頬に布と久々知くんの体温が触れた。

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