カラクリピエロ

生物委員会(26)



久々知くんと一緒に食堂に入り、食堂のおばちゃんが作った朝ごはんを手に向かい合わせに座る。
おばちゃんお決まりのセリフを聞きながら手を合わせ、新鮮な気持ちで久々知くんを見た。
一緒にご飯を食べることは日課にしてるのに、なんだか不思議。

「食べないのか?」

柔らかく微笑みを浮かべる久々知くんが、からかい混じりに聞いてくる。
ついさっき聞かれたお腹の音を思い出してしまい、言葉を詰まらせながらお味噌汁を一口飲んだ。

「そういえば、食堂で名前と一緒に朝食って珍しいよな」
「…うん」

改めて言われると妙に気恥ずかしい。
久々知くんは頷くだけの私にくすりと笑い、他愛ない話を振ってくれた。

名前はいつもこの時間?」
「もうちょっと、遅いこともあるけど…大体は」
「…あと少しだけ早く来られないか?」

ぼーっとしてる時間が長いせいで遅れ気味ではあるものの、目は覚めているから頑張れば大丈夫だと思う。
疑問交じりにそう返したら、久々知くんは躊躇いがちに視線を泳がせた。

「その…、朝も一緒に食べられたらいいなと…思って…無理かな」

微かに首を傾げる久々知くんに思いきり首を振る。
嬉しい、と返した後で自分の朝の状態を思い浮かべ、急に自信がなくなった。

「けど、でも…私、皆を待たせちゃいそうで…」

もしそうなったら頑張る気はあるけど、“絶対”は約束できない。
情けないとは思いながらも、ここで見栄を張って結果的に待たせることになるのは嫌だった。
それに、遅れると文句を言いそうな人が二人ほどいるし――

「あいつらは一緒じゃないよ」
「え?」
「俺だけ。さすがに遅刻しそうな時間までは待てないけどさ」

ふっと笑って、そう言ってくれる久々知くんにぎこちなく頷く。

「それで俺が授業に遅れたりしたら、名前は嫌だろ?」
「絶対やだ」
「…………うん。なら、無理はしない」

久々知くんはなぜか照れくさそうに笑って約束してくれた。
それを見た私もつられたのか、ほんのり耳が熱を持ったのがわかる。
誤魔化すように食事を再開させつつ、なにげなく周囲を見回すと何人かの忍たまと目が合った。
すぐに逸らされたのを不自然に思いながら手を止める。

「…久々知くん」
「ん?」
「なんか…見られてないかな、私たち」
「気のせいだろう」

そっと聞いてみれば久々知くんはあっさり否定する。けど、それにも少し違和感を覚えた。
だって、やっぱり視線を感じる。食べながらさりげなく様子を伺ってみるものの、原因はよくわからない。

名前
「は、はい」
「どうしたんだ急に……ついてるぞ」
「え、嘘!?」

くすくす笑って久々知くんが自身の口元をトントンと叩く。
慌てて手を添えてみても何もない。
一拍遅れて顔が熱くなるのを感じていると、私の手を覆うように久々知くんの手が触れた。

「あの…、久々知くん?」
「…嘘だよ。ついてない」
「…………なっ、」
「ごめん」

台詞とは逆に久々知くんはにっこり笑顔で、からかわれたんだと気付く。
戸惑い混じりに名を呼べば、ますます嬉しそうに笑って指の背で優しく頬を撫でていくものだから、言葉に詰まってしまった。

ゆっくり離れていく指先を目で追っているのを自覚して、意識的に逸らす。
撫でられた部分が熱を持っている気がするし、きっと顔は赤くなってると思う。

私がこんな状態なのに、久々知くんは何もなかったみたいに涼しい顔でお味噌汁を啜っている。
意図を探るつもりでじっと観察していると、不意打ちで微笑みを返されて、結局何もわからないまま負けた気分を味わった。

名前、食べ終わったら――」
「――あ!名前じゃないか!久しぶりだな!!」
「ぐっ、」

バシ、と肩を叩かれた驚きで咳こむ。
久々知くんの話に集中していたのもあって、全くの不意打ちに危うく食べ物が変な所に入りそうになった。

「相変わらず柔いなぁお前は。ちゃんと食べてるか?」

文句を言いたいけど、咳が止まらない。
苛立つ私をよそに、隣に佇む七松先輩は朗らかに笑った。

「――七松先輩!」
「おお、どうした久々知。食事中に立つのは行儀が悪いぞ」

突然。音を立てて腰を上げた久々知くんはどこかムッとして、大きな溜息をついた。

「先輩に言われたくありません…それより、名前に乱暴しないでください」
「そんなつもりは全くないが」
「七松先輩にはなくても俺からはそう見えます」

目に見えて不機嫌になる久々知くんと、彼の作るピリピリした空気に驚く。
久々知くんと七松先輩の組み合わせ自体が珍しいのもあるけれど、わかりやすく七松先輩に敵意を向けているのが――

「ふーん……面白いな」
「なにがですか」
「久々知がそうなるのは名前のせいか?」

ぽん、と肩に手を置かれて、つい「え」と声を漏らしてしまう。
七松先輩を見上げれば、この場の雰囲気なんて関係ないみたいに口の端を上げて笑っていた。

黙ったままの久々知くんにドキドキしてくる。
何か言って欲しい。このままだと、本当に七松先輩の言うとおりなんじゃないかって期待してしまう。

「――な…ななまつ、せんぱい……」
「ん…?お、やっと来たか!遅いぞ滝夜叉丸!」

呼びかけにハッとして、大きく息を吸った。
離れていく先輩をそのまま目で追うと、食堂の入口にぐったりもたれ掛かっている滝夜叉丸がいた。
彼の足元からは二年生の装束もチラリと覗いている。そこにはきっと四郎兵衛が座り込んでるんだろう。

ふいに、小さく聞こえた溜息に肩が跳ねる。
つられて視線をやれば、困ったように笑いながら座る久々知くんと目が合った。

「肩、痛くなってないか?」
「だ…大丈夫、平気だよ」
「…………なんか、駄目だな。頭ではわかってるんだけど」

眉根を寄せて口元を覆う久々知くんの呟きを聞きながら、静かにお箸を置く。
お茶を飲みつつ続きを待ってみるけれど、考え込んでいるのか、久々知くんは黙ったままだった。

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