カラクリピエロ

生物委員会(閑話:尾浜)



菜園の方から生物委員会の騒がしい声が聞こえる。
それを耳に入れながら三治郎の広げた設計図に目を落としつつ、ちらりと名前を見た。

「――…じゃあこれ試作品なの?」
「そうなんです。今は落とし穴とか毒餌ですけど――」

三治郎の指示に従って罠作りを手伝う名前は、さっきまでの様子が嘘だったみたいに笑顔で三治郎を褒める。

名前が悲鳴を上げてからすぐに寄ってきた八左ヱ門と伊賀崎、動じてない一年生の様子からして名前が混乱するのは珍しくない印象を受けた。
一人知らなかったおれだけ動揺していたのがちょっと悔しい。

――というか、おれは隙を見て兵助とのことを色々聞きたかったからこうして傍に控えていたのに、本格的に手伝いに加わっていて肝心の話ができてない。

「勘右衛門聞いてる?」

小さく溜息をつくと、名前が首を傾げて問いかけてきた。
全く聞いていなかったから正直に謝ったら「もう」と呆れたような声を漏らして苦笑した。

「ちょっとここ踏んでみてって言ったの」

いつの間に完成したんだろう。
足もとにちょこんと置かれた仕掛けを見て、これは踏んだら壊れるなぁと思った。けどおれはそれを言わず、あえてそのまま足を降ろした。

「ほい」

バキ、と嫌な音がして、足(踏んだところ)に落ちてくるはずだった捕獲用の籠はあさっての方向に勢いよく飛んで行った。
あ、と名前と三治郎の声が重なる。

「……なんでだろ」
「と、とりあえず、取りにいってきます!」

すぐさま駆けだす三治郎が菜園の方へ突っ込んでいく。
追いかけるつもりだったのか、名前も身を乗り出したけど場所が場所なだけに思い留まっているらしい。

「…待ってる間に原因直したらどうかな」
「そうだね…………ん?」

パッと名前が顔を上げておれを見る。
首を傾げたらジト目を返されて、これはわざと黙ってたのがバレたかなと誤魔化し笑いをしながら肩を竦めた。

「やっぱり壊れるって気づいてたんでしょ」
「まあね。名前に聞きたいことがあってさ」
「……虫のこと?」

何か思うところがあるのか、名前はどこか不機嫌そうにしながら壊れた仕掛けを手に取る。
それを横目に設計図に修正を入れ、虫のことも聞きたかったからちょうどいいやと頷いた。兵助のことは後に回そう。

「……苦手なの」
「普段はどうしてんの?」
「小さいのは、比較的大丈夫なんだけど……大きいのとか、群れになっちゃうと駄目」
「ふーん…兵助はそれ知ってる?」

びく、と肩を震わせた名前が急に眉尻を下げる。
なにげなく聞いたつもりだったのに、今の名前にとってはだいぶ重く受け止められちゃう要素らしい。

(――昨日のこともあるし、当然か)

「私ね……久々知くんに、自分のこと全然話してないんだって…やっと気づいたんだよ」

名前は手にしていた仕掛けをばらし、もう一度組み立てながら自嘲的な笑みを浮かべた。

「……兵助だって聞かなかったんだからお互い様だって」

答えはなく、ただ困ったように微笑む名前を見返して――少し変わったかな、と思った。
どこがと聞かれてもはっきりとは答えられないけど。

「勘右衛門、ニヤニヤしてないでこれ直して」
「おれ学級委員長委員なのにー」

軽く返しながら途中まで形になった罠を受け取ると、ちょうど三治郎が戻ってくる。
あと一匹で毒蜘蛛の回収も終わるという朗報(?)を聞いて、名前はまた忙しなく装束をパタパタ叩いていた。
いないってちゃんと確認してあげたんだから、信用してくれてもいいと思うんだけど。

罠の再調整をしている最中、八左ヱ門が駆け寄ってくる。
名前はその足元に仕掛けを潜り込ませ、見事に八の足に籠を落とした。

「うお!?び、びびらせんなよ!」
「竹谷、足痛くない?」
「いや全然。名前、お前毒草見てくれてたよな」

眉間にしわを寄せ、顔を見合わせる名前と三治郎を無視する勢いで自分の用事を告げる八左ヱ門に、名前は唸りながらメモを手渡す。
さっきの混乱を抜きにしても、名前の生物委員会への貢献度は結構高いよなと思った。

「お、助かる!」
「竹谷、昨日木下先生が言ってた毒草だけど」
「ああ採ってきてやるよ。ま、明日もここだけどな」
「えー……」
「終わってねぇんだから当たり前だろ」

上機嫌な笑顔で立ち去る八を見送って、項垂れる名前を視界に入れる。
二人のやり取りを見ていると、改めて名前にとって兵助は特別なんだって実感する。それだけに、兵助との間にわずかな距離を感じるのも気のせいじゃないと思う。

(昨日の事がきっかけになって、少しずつ近づくといいんだけど)

ふと、大元になった見合い話を持ち出してきた先輩の顔が脳裏に浮かぶ。
あの人が“名前のため”に動いた結果が今になるわけだけど……もし兵助が気に入られなかったらどうなってたんだろう。

――もし、なんて考えても無意味だ。

一つ息を吐き出して、おれは考えるのをやめた。

「……ところでさ、」
「ん?」
「兵助に求婚されたってほんと?」
「!!?」

一気に顔を赤くして立ち上がった名前が後ずさりながら腰を抜かす。
何もそこまでと言いたくなる動揺っぷりがおかしくて、思いっきり吹き出してしまった。




-閑話・了-

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