カラクリピエロ

生物委員会(22)



飼育小屋周囲にちりばめられた落とし穴――すでに誰か落ちた後らしく、わかりやすい物もいくつかあった――を避け、犬を囲っている柵の前で一息つく。
すぐさま飛び出して来た愛犬を撫でながら、落とし穴の群れから目を逸らした。

「影丸は今から久々知くん」

愛犬と一緒に小屋の影へ移動した私はびしっと指を突き付ける。
お座りの姿勢で尻尾を振り続ける彼は、了解とでも言うように一声鳴いた。

目の前にしゃがみ、姿勢を整えて軽く咳払いをする。

「――少しお時間いただけますか?……じゃ、硬いし……今から遊びにいかない?……軽すぎ……うーん……やっぱり、そのまま言ったほうがわかりやすいかなぁ」

首を傾げる私に答えるように、尻尾の動きが速くなった。

「じゃあ――付き合ってください…………なんか違う……一緒に来て…行きたい……う~……ええと……二人きりになりたいの」

「――何してんだお前」

「きゃああああ!!」
「うお!?」

突然声をかけられて驚きのあまり悲鳴を上げる。
勢いよく振り返ると、たじろぐように僅かに身を引いた竹谷が訝しげに私を見下ろしていた。

「…………ど、どこから?」
「ま、まあ、落ちつけよ、な?」
「どこから見てたの」

こうして目撃されないために隠れていたのに。
恥ずかしさで泣きそうになりながら、じりじり下がっていく竹谷を睨みつける。

「お前が馬鹿丁寧にそいつに話しかけてるとこから…」
「っ、影丸!!」
「ばばば馬鹿!洒落になってねぇっての!!」

素早く飛びかかる黒い影をかわし、木の上に避難した竹谷が何かを弾く。
すぐに反応した影丸がそれを追いかけて、悲痛な鳴き声と共に姿を消した。

「ちょっ、え!?」
「やべ…まだあったのか…」

急いで駆け寄る私をあっさり追い越し、竹谷が穴の傍にしゃがむ。
表情を確認するより先に中を覗き込むと、こっちを見上げながらキューキュー鳴くのが目に入って少しほっとした。

「竹谷!!」
「悪かったって!今助けてくるから待ってろ」

至る所に落とし穴があるのを知っていたのか、携帯していたらしい縄梯子をひっかけて中に飛び込んでいく。
竹谷はじたばた暴れる影丸をいとも簡単に担ぎあげ、ほとんど片手で梯子を登ってきた。

「ほら」
「……ありがとう。よかったー…」

降ろされた途端飛びついてくる愛犬を抱きとめる。
見たところ怪我もしていないみたいだと安心して顔をくっつけたら、申し訳なさそうに鳴いた。

竹谷が弾いたのは忍者食だったと聞いて、それにつられた愛犬を複雑な気持ちで見つめる。
竹谷はご飯をくれる人だから油断したのかもしれないと思い込もうとしたけど……立派な忍犬への道は遠そうだ。

「さて、そろそろ行くか」
「……うそ、もうそんな時間!?」

頷く竹谷は先を歩きだしながら、ちらちらこっちを見る。
影丸を元の場所へ戻して追いつくと、言いにくそうに何度か咳払いを繰り返した。

「なに?」
「……その、兵助には会ったか?」
「う…うん……朝一で、会った」

言いながら、あっという間に顔が熱くなる。
久々知くんの声と、温もりと…それから貰った言葉を思い出すと心臓が痛いくらい速くなった。

「やっぱいちゃいちゃしてんじゃねーか!!」
「してな――」

否定しきれなくてますます熱くなる顔を俯ける。
隠すのと冷やす目的で手の甲を頬に当てたらバシッと背中を叩かれた。

「いっ、たい…もう!!」

やり返してやろうと思うのに、ひょいひょい避けられては鬱憤がたまっていく一方だ。
こっちを見て妙に楽しそうなにやけ顔をするのが余計に腹立つ。

結局一度も当てられず、菜園に到着するころには無駄に体力を消費した息切れ状態で委員会に参加することになってしまった。

「全員いるかー?」

菜園の入り口付近に散らばる後輩に向かって、声をかける竹谷を横目に息を整える。
木陰にちょこんと座っていた孫次郎が寄ってきて、大丈夫ですかと言いながら肩を貸してくれた。

「…竹谷先輩、苗字先輩が倒れそうです…」
「ほっといていいぞー、四、五…よし、全員いるな。で、勘右衛門も頭数に入れていいのか?」
「おれ関係ないじゃん」
「っ、」
「おっと。大丈夫?」

すぐそばから聞こえた声に驚いて、よろけたところを掴まれる。
ぞろぞろ集まっていた一年生も揃って肩をびくつかせ、乱入者(勘右衛門)に視線を集めた。

「ほらー、八左ヱ門が呼ぶから注目されちゃったよ。おれは名前の付き添いだから生物の活動には無関係」
「ちょっと手伝うくらいいいじゃねーか。おーい孫兵ー、えさの収穫は後にしてくれー!」
「勘右衛門、もう平気。ありがとう」

声を張り上げる竹谷の傍らで、勘右衛門の腕を外してもいつもみたいに姿を消したりしない。
疑問交じりに首を傾げるとにっこり笑顔を見せられる。竹谷の言うとおり、生物委員会の活動に参加する気なのかと思って聞いてみたら「まあね」とはっきりしない答えを返された。

「――というわけで、今日は菜園の雑草取りをするぞ。一年はそっちに入るなよ、下手に触るとかぶれるからな。見分けがつかないときは俺か孫兵か……名前に聞いてくれ」

ちら、と問いかけの視線を投げてくる竹谷に頷くと、私の名前も付け足された。
はーい、と揃っていいお返事をする一年生を振り分けて、孫兵にも指示を出してから戻ってくる。

名前はこの辺頼む。採れそうだったら教えてくれ」
「待って」
「ん?なんだ?」
「……広すぎない?」

示された領域を一瞥しながら言えば、竹谷は私の後ろへ目をやって「大丈夫だ」と笑顔で言い放つ。
自分の分担場所へ向かう竹谷を見送り背後を振り返れば、勘右衛門が小さく溜め息をついた。

「数に入れられてるね」
「おれは無関係だって言ってんのに……」

毒草の成長具合を確認してメモをとる私の隣にしゃがみ、ぶつぶつ言いながら雑草をむしる勘右衛門。
――こうして働いてくれるから当てにされるんじゃないかと思うんだけど。

メモをしまって腰を降ろし、目についた雑草を抜いていく。

「勘右衛門ってなんだかんだで優しいよね」
「そ?ありがとう。実はすっごい局地的だったりするんだけどね」
「どういうこと?」
「これは生物委員じゃなくて、名前の手伝いってこと」

それって結局一緒なんじゃないの?
そう言おうとした途端、毒草の隙間から現れた節足動物を目に入れて固まった。

――八本足。
――毒々しい色。
――わさわさした動きと独特の形。

親指大のそれがぴょんと跳ね、膝の上に乗った瞬間ゾッと鳥肌が立った。

「……ひっ、や……」
名前、何か見つけ」
「いやぁああああ!!」
「え!?」

慌てて制服を払って立ち上がる。
落ちたのか姿は見えなくなったけど、まだくっついている気がしてバタバタあちこちをたたいた。

なにか、何かあればいいのに、今懐に入っているのは紙と筆と犬笛くらい。棒手裏剣やしころもあるけど、それじゃ駄目だ。もっと広範囲…そう、たとえば火とか。

名前!!」

強く揺さぶられ、耳元での大声に肩が跳ねる。
何度も瞬きをしてぼやける視界をはっきりさせると、ほっとした顔の勘右衛門と目が合った。

「かんえもん……」
「はぁ……びっくりしたよ。八、連れてっていいよな?」
「わりぃ、頼むわ」
「竹谷先輩!」
「お。孫兵、どうだった?」
「……お願いします」
「…………一年集合ー」

竹谷に駆け寄る孫兵がすっと差し出したお箸を受け取って、溜め息交じりに一年生に声をかける。
それをぼんやり見ていたら勘右衛門に軽く腕を引かれ、菜園の端に移動した。

「やれやれ。また毒虫脱走かー、最近平和だったのにね」
「……あの辺燃やした方がいいよ」
「いや、さすがにそれやったら駄目だって」

もういないのに、膝を気にして何度も払う。
落ち着かずそわそわしていたら、不意に「ごめん」と声がした。

「…なんで?」
「んー、なんとなく。おれにできることある?」

向けられる笑顔には気遣いが含まれている。
笑って大丈夫だと返したかったけど、見かけたのが一際苦手な蜘蛛だったせいか、なかなか落ち着くことができなかった。
迷いながらも、ずっと気になっていた背中を確認してもらってようやく一息つく。

「――苗字せんぱーい!」
「三治郎…?」

まさか毒蜘蛛回収に協力しろ、なんて言い出すんじゃないかと身構える。だけど、私の予想は大きく外れてくれた。

三治郎はがちゃがちゃ道具を広げると私になにかの図面を見せ、にっこり笑う。

(……兵太夫が描くからくりの設計図に似てる)
「なあ三治郎、これなんだ?」
「尾浜先輩も手伝ってくださるんですよね」
「あー…うん、わかった。で、これなに?」
「菜園が荒らされないように、野生動物用の罠です」

にこにこする三治郎が「兵太夫と一緒に考えたんですよ」と嬉しそうに説明を始めるから、その笑顔につられて頬が緩んだ。





「……やるなぁ三治郎」
「そ、そうですか!?」
「うん。お手柄お手柄」
(? まだ作ってないのに?)

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