カラクリピエロ

生物委員会(21)



――数馬の話を聞いて、私は飼育小屋から忍たま長屋へと目的地を変えた。
数馬には保健委員会の仕事があるようだったから案内を遠慮したけど、控え目な先輩ぶってないでついてきてもらえばよかった。
長屋自体には最近よく来ているけど、三年生の領域は通路としてしか見てなかったから、人を訪ねようにも足掛かりがない。

「…うーん。どうしよう」

勢いだけで行動するとこういうことが度々ある。その都度後悔してるのに、なかなか直らないらしい。

集中する視線を受けて周りを見回してみるものの、数馬に教えてもらった三年生の姿はない。とは言っても二人のうち一人としか面識がないから、わからないだけかもしれないけど。

せめて…この遠巻きにしながらの警戒心を引っ込めてくれれば聞きようがあるのに。
腕を組んで溜め息を吐き出すと、バタバタ近づいてくる音がして目をやった。

「ほ…ほんと、に、苗字先輩だ…」
「あ。そっか…、私には藤内がいたよね」

よく見知った後輩の姿にほっとしたことで、多少なりとも緊張していたんだと実感する。
つい苦笑する私に不思議そうな顔を向けてくる藤内に、なんでもないと軽く首を振った。

藤内は軽く乱れていた息を整えると、私の腕を引いて移動を促してきた。

「話は数馬から聞いてます。とりあえず、僕らの部屋に」
「もしかして迎えに来てくれたの?」
「それは…その…………はい」
「…ありがとう」

視線をうろうろさせて、言いにくそうに頷く藤内の気遣いが嬉しくて頬が緩む。
照れ隠しなのか腕を引かれる強さが増して、行動の可愛らしさに小さく笑いが漏れてしまった。

「――僕が呼んで来ますから、苗字先輩はここで待っててください」

廊下で待つと言ったのに、藤内はいつにない強引さで私を室内に通し、そのまま出ていってしまった。
くのたまを部屋に一人で放置するなんて…少しは荒らされる心配をした方がいいんじゃないかと他人事ながら思ってしまう。

何の気なしに室内を見回していたら、文机の上に“にんたまの友”を見つけた。
無造作に置かれていたそれを眺めながら時間をつぶす。時々書き込みがされていて、これは藤内の教本かもしれないなと予習好きの習性を思い出した。

「先輩、お待たせしました!」
「おかえり藤内。早かったね……って、縄?」

戻ってきた藤内はどういうわけか縄を二本掴んでいて、それを引っ張りながら「ほら、こっちだ」と部屋の戸を全開にした。

「目と鼻の先なんだからこんなもん必要ないだろー?」
「そうだぞ!ぼくだってお前の部屋くらい迷わず来れる!」
「いいからさっさと入れよ」

いつもより乱暴な口調の藤内を珍しいと眺めていたら、ばつが悪そうな顔をして私から顔を逸らした。
ぶつぶつ文句を言っている二人を私の前に座らせた藤内は、後ろ手に戸を閉めると斜め前に腰を降ろし、二人を紹介してくれた。

「久しぶりだね三之助」
「どうも。お久しぶりです…か?言うほど経ってないと思いますけど」

ぺこっと軽く頭を下げる三之助に目をぱちぱちさせる藤内と、神崎左門。
三之助を肘でつついて「知りあいか?」とこそこそ(聞こえてるけど)話しかける左門に思わず笑うと、藤内が身を乗り出してきた。

苗字先輩…、三之助のこと知ってたんですね」
「三之助は体育委員でしょ?だからその時に」
名前先輩はもう体育委員会に来ないんですか?」
「絶対行かない!」

くたくたになった二日間を思いだして身ぶるいする私の隣で藤内が眉根を寄せる。
なんだか最近どこかで同じ表情を見た気がしてじっと観察していると、「ところで」と左門の問いかけが聞こえた。

苗字先輩はぼくたちに用があると伺ったのですが」
「あ!そうそう、数馬がね二人は穴場に詳しいって言ってたから教えてもらおうと思って」

穴場?と声をそろえる二人に頷いて、学園内でひと気のない場所を探していることを伝える。
三之助と左門は顔を見合わせて「どうだ?」「ぼくは知らん!」といったやり取りをかわした。

「…やっぱりだめかー」
「せ、先輩…、二人とも本当に知らないのか?」

二人の話を聞きとって項垂れる私を見てか、藤内が焦った声で確認をとってくれる。
やっぱり藤内は癒しだなぁ…と先輩思いの彼に和み、気分はいくらか浮上した。

「って言われてもなぁ…オレは裏山くらいしか思いつかねぇし」
「…………あ!学園の外ならばそれっぽいところを見たぞ!」
「ほ、ほんと!?」
「はい!何もない原っぱで、人の気配は皆無で…夕陽がとてもよく見えました」

大きく頷く左門の話を聞いて情景を思い浮かべる。
物静かな草原で久々知くんと二人で綺麗な夕陽を眺められたら、すごく素敵。

「…苗字先輩?」

藤内に呼びかけられてハッとした。
先走る思考に顔が熱くなって手のひらで自身をあおぐ。
確かに素敵だけど、今は大事な話をするのが先だ。

「左門、その場所覚えてる?」
「確か金楽寺へ行った帰り道にありました!」
「…あったっけ?」
「あったとも!」

難しい顔をする藤内に胸を張って答える左門を見て、藤内の眉根がますます寄っていく。
うんうん唸りだした彼を横目に、三之助が道順を尋ねる。
一緒に聞いてみたけど、左門の口から流れ出る内容は“右へいって大きな石のところで左へ曲がり、20歩ほど進んだところで丑寅の方角へ――”と迷わせるためのものでしかなかった。

「――……よし!作兵衛を呼んできます!苗字先輩は待っててくださいね」

藤内はぐっと拳を握るとまた私を置き去りに(今度は三之助と左門も置いて)部屋を飛び出してしまった。呆気に取られて止める暇もない。

「作兵衛といえば、オレたち宿題終わってねぇよな」
「そんなことよりぼくは大変なことを思い出した」
「なんだ?」
「…今日は潮江先輩の機嫌が悪い」
「七松先輩はやる気みなぎってたなー」

私と一緒に残された二人はのんびりしたもので、腰に巻かれた縄をほどきながら他愛ない話を始めた。
溜め息をつくのを見ながら、振り回される後輩というのは大変だと苦笑してしまった。
それと同時に二人がこっちを見る。何度か瞬きをしたらまた溜め息をつかれた。

「? なに?」
「藤内はいいよなー…と思っただけです」
「は?」

三之助の言葉にうんうん頷く左門を見ても意味がよくわからない。
答えを追及する前にバタバタ足音を立てて藤内が戻ってきたから結局聞けずじまいになってしまった。

藤内が連れてきたのは幾度か顔を合わせた事がある用具委員の三年生だった。
喜八郎が気ままに掘った穴を埋めるためにいつも駆り出され、時には私を救出してくれたこともある彼だけど、まともに話すのは今日が初めてだ。

「……いつもお世話になってます」
「ちょっ!?や、やめてください!あれは委員会の仕事で、その、当然のことですから!!」

軽く頭を下げると慌てた様子で膝をつき、両手があわあわと謎の動きをとる。
笑いながら姿勢を正せば作兵衛は胸を撫で降ろし、苦い顔で周囲を見回した。

「お前ら、笑ってんじゃねぇぞ…」
「あ、作兵衛あとで宿題見せてくれ」
「なにが“あ”だ、わざとらしいんだよ!大体宿題はおれも終わってねぇから無理だ」
「ぼくが思うに……作兵衛は効率が悪いんじゃないか?」
「お前らのせいだろうがーーー!!」

急ににぎやかになる三人を見ながら藤内に身を寄せると、聞きたいことを察して「あの三人は同じクラスです」と教えてくれた。
ついでに気を抜くとすぐ行方不明になる方向音痴の彼らを捜しだすのが作兵衛の役目だということも。

「藤内、お前もだ!」
「え!?」
「ここまで無理やり引っ張ってきといて」
「わああああ!!わかったよ!おれも宿題手伝うから!!」

ぐるんとこっちを向いた作兵衛が捲し立てる途中で割り込む藤内に、私は驚きながら彼を見て、作兵衛は満足そうに頷いた。

「……藤内」
「は、はい…」
「頭撫でていい?」
「……!? だっ、だめです!やめてください!!」

私からさっと距離をとった藤内に不満を覚えつつ、伸ばしかけていた手を引っ込める。さすがに無理に欲求を満たして嫌われるのは困るから、お礼を言うだけに留めておいた。

作兵衛に事情を説明して、左門がもう一度例の場所への道順を繰り返す。だけど作兵衛は最初の“右へ”の時点で「左門の説明は聞くだけ無駄だ」と一蹴して場所の特徴だけを聞き直した。

「――思い当たるのが一か所だけある。けど、あれは金楽寺じゃなくて…藤内、紙くれ。あと筆」
「うん」

サラサラと筆を走らせる作兵衛の描く地図を“なるほど”と言いながら覗きこむ三年生三人。
内二人は絶対わかってないだろなと思ったけど、楽しそうだから特に口を挟んだりはしなかった。

「って、おれが聞いても仕方ないんだって」
「…もっと早く気づけよ!……あー、苗字先輩、ちょっといいですか」
「先輩、ここにどうぞ」

後で藤内から説明してもらおうと思っていたから、呼ばれたことに軽く驚いた。
藤内が空けてくれたスペースに寄ると、逆側にいた左門も少しずれてくれる。

「ありがとう」

お礼を言えば左門は驚いたように目をぱちぱちさせてパッと可愛らしく満面の笑みを見せるから、つい凝視してしまった。
ちょい、と藤内に袖口を引かれて慌てて地図に目を落とす。

「――金楽寺の方向じゃなくて、一度こっちの町に出たほうが近いです。ちょっとわかりづらいですが、この辺に小さい地蔵があって」
「それ、どのくらいか覚えてる?」
「えーと……確か、これくらいだった気がします」

両手で大体の大きさを作る作兵衛を真似て幅を確認する。

「…生首フィギュアくらいですね」
「それだ!」

なんとなく馴染みがあるなと思っていたのを藤内が言い当てる。すっきりしたところで続きを聞くと、目的地へは獣道を通らないと辿りつけないようだった。
加えて、左門が言っている場所と同じ所かどうかは確証が取れないとも言われた。

「なんもない原っぱには出ますけど、夕陽がどうとかはおれ見てないんで…とりあえず、あんまり遅くまでいない方がいいです。たぶん帰り道で迷いますから」
「――うん。どうもありがとう作兵衛。左門も三之助も、もちろん藤内も」

描いてもらった地図を手に、これから数馬のところにも顔を出そうと立ち上がる。

久々知くんをそこへ連れていくにはどう誘おうか考えていると、隣に来た藤内が心配そうに覗きこんできた。

「大丈夫だよ、一人で行くわけじゃないから」
「帰りも、久々知先輩と一緒なんですよね!?」
「……は、はい…そのつもりです」

やっぱり筒抜けだったことに気まずい気分を味わいながらも、藤内がほっと息をつくから何も言えない。

「っ、苗字先輩!」
「あ。ごめん」

つい衝動に任せて頭を撫でてしまい、一歩分距離を置かれつつ叱られてしまった。
赤い顔で黙り込む藤内に癒されながら、見送りはここまででいいと断って立ち止まる。

「…あの、……先輩」
「ん?」
「…………い、いえ、やっぱりなんでもないです」
「? そう?それじゃ、本当にありがとう。宿題頑張ってね藤内」

ひらひらと手を振って医務室へ向かう。
数馬のところに顔を出しても委員会が始まるまではまだ時間があるはずだ。飼育小屋に寄ろうと決めて、もう一度地図を見直した。





「……三之助」
「んー?あ。なあ藤内、ここで宿題やっていいか?」
「お前!なんで苗字先輩のこと、な…名前で…」
「は?」
「おれだって呼んだことないのに!!」
「いや、知らねぇけどさ……オレは七松先輩に“名前だ”としか紹介されなかったからそれで馴染んじゃっただけだし」
「…………直せばいいだろ」
「なんで。藤内も呼べば?名前先輩って別にそういうのこだわってないよな?」
「呼べたらとっくに呼んでるよ!!」

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