カラクリピエロ

生物委員会(18)



結局、あのあとすぐに新野先生が戻ってきて(久々知くんに留守を頼んでいたらしい)、私の話はうやむやのまま医務室から送り出された。

ふと喜八郎からの唐突な告白のことを思い出したものの、今の私は自分のことで精一杯で――薄情だと思いながらもそれを頭の隅へ追いやった。

久々知くんと並んで廊下を歩きながら、どうやって話を切り出そうか考える。
仕切り直しをするのがこんなに難しいなんて思わなかった。

名前はいいのか?」
「?」
「朝ご飯。食べてないんだろう?」

名前の友達が言ってた、と笑いながら差し出された手に触れたところでバッと顔を上げた。
同時にやんわりと手を握られて目が泳ぐ。

名前が寝てる間に来てさ……そうだ、これ。そのくのたまが外してくれたんだ」

見れば、久々知くんの懐から出てきたのは私の頭巾らしい。
手渡されたそれをぎゅっと握りしめ、怖々と――聞きたいけど、聞くのがちょっと怖い――他に何か言ってたかどうかを聞いた。

「…怒られた」
「え!?な…、久々知くんが?」

うん、となぜか嬉しそうに笑う久々知くんに戸惑う。
久々知くんは私の手を引き、食堂へ続く廊下の方へ向かいながら私の戸惑いに答えるように「嬉しいんだ」と言った。

「……怒られるのが?」
「…少し違うんだけど、まあ…そうかな。名前が自分たちの前で泣くのは相当珍しいって」
「!!?」
「ぎりぎりまで追い詰められて、弱ってるときだけなんだって、聞いてさ」
「ちょ、ちょっと、久々知くん!?」

ボロボロ出てくる自分の弱みというかなんというかを聞くのが居た堪れなくて、どうにか遮ろうと試みる。
繋いだままの手のひらに力を入れても久々知くんの笑みが深まるだけで、この人はこんなに意地悪だったっけと思いながら、そんなことを暴露してくれた友人に内心で悪態をついた。

「――そうなった原因が、俺だっていうのが嬉しいんだよ……名前を泣かせておいて、酷いだろ」

言いながら、久々知くんの笑顔が自嘲するように変わる。
ぎゅっと彼の手を握りながら首を振れば、目元が和らいでほっとした。

――私は久々知くんの笑顔にすごく弱い。

頭巾を握ったままの手で胸元を押さえ、それがどんな種類のものでも変わらないんだと改めて実感してしまった。

見つめられて、まっすぐな言葉まで上乗せされたら、どうしたって敵わない。
何も言えないばかりか直視し続けることもできなくて視線を下げる。顔が赤くなってるのもわかってたから、俯いて軽く唇を噛んだ。

だいぶ遅くなった朝食と久々知くんを前に手を合わせる。
見られながら食べるというのは落ち着かなかったけど、久々知くんは既に食べたと聞いては無理に勧めるわけにもいかない。

「…ごめん、食べにくいよな」
「っ、」

一瞬、動きが止まる。
眉尻を下げる久々知くんを見て、そんなことない、と取り繕うことを考えたけど……私は正直に頷いた。

でも、席をはずしてほしいわけじゃない。まだ一緒にいてほしかった。
それをそのまま口に出すかを迷ったのは、反応を見るのが怖いからだ。

カタ、と席を立つ音を聞いた私は素早く頭を振って躊躇いを追い払い、久々知くんを呼び止めた。

「――あの、隣に、いってもいい?」
「……俺がそっちに行くよ」

ふわっと笑った久々知くんが「先に言われた」と呟く。
嬉しくて、胸が苦しい。
ゆうべとはまた違った意味で食欲の低下を感じながら、ゆっくり息を吐き出した。

「そういえば、名前は七松先輩と何か約束でもしてるのか?」
「七松先輩と?約束?」
「今朝、ここで名前を貸してくれないかって言われたんだ」

当然断ったけど、と溜息をつく久々知くんの話を耳に入れつつ、ご飯を口に運ぶ。
内容には全く心あたりがなくて首を傾げると、久々知くんは言いにくそうに眉根を寄せた。

「錘にするって言ってた」
「おもり?……………………あ!思い出した、けど…それ体育委員会に参加したときの……」

七松先輩の冗談だよ、と断言しようとした私は久々知くんの真剣な表情を見て考え直す。
その場限りの冗談だったら、今更それを久々知くんから聞くのは変だ。

「…うーん…確か、その話はその場ではっきり断ったはずなんだけど。七松先輩とも全然会ってないし…今まですっかり忘れてた」
「……そうか」

久々知くんの相槌が“安心した”と言っているような気がした。
確認したくてそっと盗み見たつもりだったのに、微笑む久々知くんとばっちり目が合う。ガチャ、と食器が音を立てるのに驚いて危うく味噌汁をこぼすところだった。
誤魔化しを兼ねてそれに口をつけながら――ふと、浮かんだ疑問。

「…久々知くん、」
「ん?」
「私って…錘にしたいくらい、その…、重いの?」

口に出してから、聞くんじゃなかったと思った。
今までさんざん久々知くんに運んでもらっておいて(しかも前にも似たようなことを聞いた気がする)、肯定されたらしばらく立ち直れない。

名前は」
「待って!!やっぱりいい!言わないで!」
「……俺は、好きだよ。名前を錘にしたいって七松先輩の気持ちも、ちょっとわかる」
「…………」

言わないでって言ったのに。穏やかに、微笑み混じりに返されたその内容は答えを微妙に外していて、無性に恥ずかしい。
どういう意味で、と更に問いかけたい気持ちが渦を巻いているものの、詳細を聞くのはやっぱり怖い。私は湧いてくる衝動を押し込めて、少しの間食事に没頭した。

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