カラクリピエロ

生物委員会(15)



一夜明けて、顔を洗いに出た私が出会いがしらの友人にもらったのは、呆れたっぷりの溜息と濡れた手ぬぐい。

「ひどい顔」
「……そんなにひどい?」

手渡されたそれを目もとに当てるとひんやりとして気持ちいい。

名前がこの時間に起きてるってことは寝てないでしょ」
「…ん」
「昨日の効いた?」
「…………うん」

改めて顔を洗っている私の隣で、友人は楽しそうに笑いながら私の肩に何度も手を置いた。
トントン、と慰めるような、元気づけるような優しいリズムがくすぐったい。

昨夜はくのたま長屋をうろうろする私の様子があまりにもおかしかったのか、友人数名に囲まれていきさつを喋らされ、一様に「名前が悪い」との判決をもらった。

その後で、久々知くんも押しが弱いとか、遠慮しすぎとか、やっぱり年上よ!とか(最後のは関係ないと思うけど)好き勝手言われるのを聞きながら思いきり泣かせてもらった、気がする。

今朝はちゃんと食べなさい、と言い聞かせるように言う友人(姉がいたらこんな感じかもしれない)に頷いていたら、やや遠くから「名前ちゃん」と呼びかけられた。

見えたのは、紫色の忍装束。

「さ、斉藤さ――」
「馬鹿、声でかい」

さっと友人に口を塞がれ、口元に指を立てて笑顔でのんびり近づいてくる斉藤さんを観察する。

「おはよう名前ちゃん」
「…実体、ですよね?」
「あんた何言ってんの…」

ぐっと言葉に詰まりながら、なんだか喜八郎のようなことを言ってしまったと軽く咳払いで誤魔化す。

友人にお礼を言っている斉藤さんと妙に愛想のいい彼女の間で、そっと斉藤さんを見た。

(こんな早朝からくのたま長屋にいるなんて…、恋人がいるのかな)

斉藤さんはモテるみたいだし、と考えていたら「じゃあ行こうか」とにこやかに促された。

「は?」
「起きててくれてよかったー。喜八郎くんの言ったとおりだね。あ、ちょっと待って髪梳かしていい?」
「駄目ですけど…」
「ひどい!」
「というか…あの、どこへ?」

ショックを受けているらしい斉藤さんの様子に気を取られていたけれど、自然な誘導に任せて移動している。
長屋を抜けて、くの一教室の敷地からも出ようかという辺りで斉藤さんが口を開いた。

「喜八郎くんのところだよ。合図したら連れてきてってお願いされてるんだ」
「合図…?」

うん、と嬉しそうに頷く斉藤さんが空を指す。
どうやらあの辺に合図が上がったらしいけど、今ではすっかり消えているのか私にはどんな合図だったのかわからなかった。

「斉藤さん、喜八郎につきあってわざわざ早起きしたんですか?」
「んー?ぼくは元々早起きだから、わざわざってわけじゃないよ」

やけに楽しそうで、にこにこしてる。
それを不思議に思いながら聞いてみたら笑顔を返された。

「あ、斉藤さんそこ――」
「わあ!?」

足元に見えた目印に気づいた時には遅かったらしい。
ついさっきまで隣にいた斉藤さんは暗くて丸い穴の中へ吸い込まれてしまった。

(…って、これ深すぎない?)

しゃがんで中を覗き込みながら呼びかける。
顔と装束に土をつけて座り込む斉藤さんが「大丈夫」と手を振るのが見えてホッとした。

「――おやまぁ…タカ丸さんには教えておいたのに」
「喜八郎、教えておいてもこんなに見づらくしてたら」
名前先輩」
「え?」

いつになく強引に割り込まれてびっくりする。
くるっとこっちを向いた喜八郎が急に距離を詰めてくるから反射的に足を引いた。ら、突然足元が崩れて身体が傾く感覚に襲われて息を呑んだ。

――落ちる。

衝撃に備えてきつく目を瞑る。
だけど地面と衝突する前に喜八郎に腕を掴まれていて、私はそれを支えに浮いている状態だった。

「また怪我されたら困りますから」
「あ、ありが」
「さすがにこの高さなら名前先輩でも大丈夫ですよね」
「きゃあ!?」

お礼を言い切る前に手が離される。
衝撃が軽いとはいえ、結局落とされたことには変わりない。

「き、喜八郎ーーー!!」
「タカ丸さんのことは心配しないでください」
「ちょっと、私は!?」

それには答えてくれず、喜八郎の頭がひっこむ。
まさか放置していく気だろうかともう一度呼びかけようとしたら、ふっと影が落ちてきた。

「――名前!」

その声と、覗き込んでくる姿にドクッと心臓が大きく跳ねる。

「大丈夫か?怪我は!?」

頭が真っ白で、なにも言葉が出てこない。
胸元をきつく握りしめて、どくどくうるさい鼓動を押さえる。だけど、私の意思とは裏腹に…鼓動はどんどん速く、大きくなっていった。

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