カラクリピエロ

生物委員会(閑話:久々知・前編)




――もう朝か。

裏裏山の頂上で、わずかに顔を見せる太陽を眺めながら乱れる息を整える。
さすがに夜通し走り続けるのは疲れるなと浮いた汗をぬぐった。

+++

勘右衛門と一度部屋に戻った後、俺は八左ヱ門のところへ行く前に雷蔵のところへ寄った。

悩んだときにはどうしているかを聞くために。

雷蔵と三郎の部屋には八左ヱ門もいて、三人揃って慰めるように肩を叩くものだから妙に居心地が悪かった。
後ろでくつくつ笑っている勘右衛門の声に眉根が寄るが、なるべく考えないようにする。

「…………雷蔵、ちょっといいか?」
「うん、なに?」

ここへ来た目的を果たすべく雷蔵に問いを投げると、雷蔵は何度か瞬いて「参考になるかなぁ…」と苦笑しながらも答えを探してくれた。

「……うーん……とりあえず、自分が何をしたいか…かな…」
「自分…」
「そう」

俺と差向いで考え込んでいた雷蔵は、組んでいた腕を緩め、指を立てた。

「“あとのことは何とかなる”って切り捨ててみる」
「切り捨ててみる…」

内容を繰り返す俺に雷蔵が小さく笑って頷く。
膝を立てて移動しようとする雷蔵を仰いで礼を言うと、笑顔で「お礼なんか必要ないよ」と返されてしまった。

きっかけを貰ったことで、少しじっくり考えたかったけれど、雷蔵と入れ替わりで八左ヱ門が正面に座る。
つられて視線をやると、八はわざとらしく咳払いをして自分の膝を叩いた。

「兵助、いいこと教えてやるよ」
名前の話なら本人から聞くからいい」
「まぁ聞けって」

そう言って勢い込んだ割にはすぐに話し出さない八左ヱ門に首を傾げると、「そういや口止め…」とぶつぶつ独り言を呟いていた。

「八、話さないならいいか?俺、ちょっと外に」
「待った!言う!言うからちょっと待て」

手のひらをこっちに向けて引き留めるから、一つ息を吐き出して続きを待つ。
八左ヱ門は再度咳払いをしてから身を乗り出して、わずかに声を潜めた。

「授業休みの飼育小屋」
「…は?」
「犬の方な!」
「八左ヱ門…それじゃ意味が――」
「わかるだろ、お前なら」

問い返すのを抑え込むように割り込んでくる八左ヱ門は、わからないはずないと確信している顔で笑ってみせる。
飼育小屋の犬の方と言われて…連想するのは名前だけだ。
指定された時間を思い返せば、それは彼女と彼女の愛犬の散歩の時間。俺も用事がないときは一緒に連れていってもらったこともある。

「あ、そうだ。見つかるなよ」
「あ?」

今更なにがあるんだ、と思いながら聞き返そうとしたら、さらに条件が足された。
意図を探ろうとする俺をよそに、三郎が笑って八左ヱ門の背中を叩く。

「随分勿体ぶるじゃないか八」
「口止めされてんだよ」
名前にか?」

ぴく、と身体が勝手に反応して肩が震えた。
八左ヱ門は肩を竦めて誤魔化すが、それがもう答えのようなものだ。
胸の奥というか腹というか…もやがかかるような感覚。暗くて重い、嫌な感情が渦巻いている気がする。

「あー…言っとくけどな、兵助。“ばれたら恥ずかしい”って理由だからな」
「それいつもと一緒じゃん」
「俺だって今更だろって呆れたよ」
「……やっぱり八に口止めって意味ないよね」
「結局全部言ってるもんな。名前は人選を誤ったな」
「なんでだよ、いいことしただろ!?」

騒ぐ四人を見て、思わず笑う。さっきまで燻っていた嫌な感情は完全に消えたわけではないものの、だいぶ霧散して薄まっていた。

「八、後でまた詳しく聞かせてくれ」
名前から聞けよ」
「その後で、今までお前が黙ってた分を補足してもらわないとな」

覚えてねぇよ、とうんざりした顔で洩らすのを聞き流す。
もうだいぶ夜も更けたけど、どうせ眠る気はなかったから、鍛練でもしようと立ち上がった。

「走ってくる」
「朝まで?」
「うん」
「おれも付き合おっか?」
「…いや、大丈夫だ。ありがとう」

一人で考えたいから、と勘右衛門の提案を断ると少しの間があって頷きが返ってくる。
さっきとは違って自棄になっているわけじゃない。それを酌んでくれたんだろう。

「待った待った兵助、少し食べた方がいいよ。ほら食堂のおばちゃんにつくってもらったやつ」

退室しかけるのを引きとめられて、慌てた様子の雷蔵から握り飯が差し出される。
食欲がないと断ろうとしたけれど、笑顔の三郎に無理やりその場に座らされ、八左ヱ門に出口を塞がれ……食べ終わるまで出してもらえなかった。

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