カラクリピエロ

生物委員会(閑話:鉢屋)



――まったく、厄介事に巻き込まれたものだ。

ゆるく口元に弧を描いたままの立花先輩から視線をそらし、小さく息を吐く。
先輩がもたれ掛かっている戸口の隙間から名前を見れば、あいつは俯いた姿勢のまま微かに肩を震わせていた。

「…気になるか?」

はっとして先輩を見返す。
元はと言えばこの人が火種を持ってきたんじゃなかったか――そう考えたらなんだか腹が立ってきた。

“協力だ”などと言ってはいたが、兵助は立花先輩の企みに巻き込まれただけのようにしか見えなかったし、名前にしたって突然のことに混乱して泣いている。

「……立花先輩のやりたいことは気になりますね」

立花先輩は私の返答にフッと軽く笑ったと思えば室内を見やり、仕方ないとでも言いだしそうな雰囲気で軽く息をつく。

「まぁ、悪いようにはしないさ。久々知の返事が気に入ったのは嘘じゃないからな」

…答えになっていない。
だがそれ以上言葉を重ねる気はないようで、「こちらは任せておけ」と私を遠ざけようとする意思を見せた。

「もう一ついいですか」
「内容によるな」
「…名前はともかく、兵助のことはどうする気ですか」
「そっちはお前たちがいるだろう」

当り前のようにけろりと言い切る立花先輩に思わず絶句する。
つまりなにか。最初から私たちにフォローを丸投げするつもりでこの事態を引き起こしたのか?

「どうしても無理なら私がどうにかしてやるぞ」
「結構です」

即座に返した直後の笑みに、してやられたと舌打ちを漏らす。
それを隠すように後ろ頭を掻きながら、ため息を吐き出して作法室に背を向けると、わざとらしく引き留められた。

「なんですか」
「そう邪険にするな。名前は今晩、私と食事をとるから宜しくな」
「…便宜を図れと?」
「鉢屋は理解が早くて助かる」

逆らいたい気持ちもあるのに、名前のためだという理由に気づいてしまう自分に内心舌打つ。
反論代わりに無言を返せば、立花先輩は可笑しそうに笑って頭を引っ込めた。

――面倒くさい。

その一言につきる。しかし、今の状態の二人を同じ席に着けたとしても気まずいだけだというのもわかる。

(…結局、先輩と同じ結論に行き着くというのが気に入らない)

兵助もだが、自分もいいように動かされているような不快感に苛立ちながら、足は食堂へと向かっていた。

+++

「おれさー、今日はB定食が優勢なんだよね。でもAの天ぷらも食べたいしなー…雷蔵、おかず交換しない?」
「いいよ。野菜天なら」
「いや、そこは気前よく海老って言ってくれないと――三郎、どうした?」
「なんだよ三郎だけか?兵助は…っつーか名前に会わなかったか?」

いつものように、のんきにどうでもいい話をしているのを見ると兵助と名前の間であったことが嘘のようだ。
この温度差に思わず溜息をついたら八左ヱ門が「聞いてるか?」と問いを重ねる。

「…………飯を食いながら話す」
「なんだよ、あいつら待たねぇの?」

それも食いながら話す、と付け足せば、さすがに何かあったのかが伝わったんだろう。
ふーん、と相槌を返され、各々食堂のおばちゃんに注文すべく席を立った。

「――で?」

手を合わせ、一口目を口に入れたかどうかという辺りで八が先を促す。
どう話したものかと考えながら、とりあえず兵助の態度は立花先輩のお気に召したらしいことと、引き換えに名前の見合い話が出たことを伝えた。

「…見合いって、それ兵助は」
「当然知らなかった」
「だよね」

何度も頷く勘右衛門が納得顔で「それでか」と呟く。
雷蔵と八左ヱ門もこうなら説明の手間が省けるんだが。

「え、勘右衛門は何がわかったのさ」
「兵助と名前がいない理由…なんとなくだけどね」

その返答にそろって疑問符を浮かべる雷蔵と八に、勘右衛門はへらりと笑ってみせる。

「鍛錬場か裏山か…どっちだと思う?」
「お前が行くのか?」
「三郎が行きたいっていうなら代わるけど」
「…頼んだ」
「はいよ」

答えるなり空になった膳を手に席を立つ勘右衛門は、鍛錬場から行くかな、と独り言を漏らした。

「…兵助は名前と喧嘩したわけじゃないよね?」

勘右衛門の背を見送りながら呟く雷蔵に、作法室での様子を思い返しながら頷いた。
――あれは喧嘩とは言わないだろう。

「勘右衛門は兵助のとこ行ったんだな?」
「だろうな」
「――おい勘右衛門!!」

私の返答を聞くと八左ヱ門はガタンと音を立てて立ち上がり、勘右衛門を追いかける。
すぐさまおばちゃんの怒号と包丁が宙を舞ったが、八はそれをかわしながら「すぐ戻ります!」と叫んでいた。

「あのさ、三郎」
「…わかっているさ。だが部屋に移動だ…長くなりそうだからな」

詳しく聞きたがっているのを感じとって食事を再開させる。
雷蔵は頷いて、それ以上追及したりはせずに「いつもより静かだね」とどこか寂しそうに漏らした。




-閑話・了-

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